Vol.10 インタビュー ナショナル・アーツ・カウンシル・シンガポール(NAC)
Vol.10 インタビュー ナショナル・アーツ・カウンシル・シンガポール(NAC)
Interview Column 10: National Arts Council Singapore (NAC)
2015年より協議会で実施している「ASEAN諸国における企業メセナの促進とネットワーク構築に向けた調査・協議」(助成:国際交流基金アジアセンター)。本年は、この3年間交流を深めた各ASEAN文化団体へのインタビュー・コラムや、視察レポートを連載しています。
インタビューを受けてくださったNACのスタッフ 左から:ジョナサン・コー (シニア・マネージャー)、シャーロット・コー (ディレクター)、ペー・スアン・イェオ (ディレクター)、デボラ・アング (マネージャー)
Photo with NAC Staff /From Left: Mr.Jonathan Goh (Senior Manager/Communications &Marketing), Ms.Charlotte Koh (Director/ Communications &Marketing), Ms. Phee Suan Yeoh (Director/Communications & Marketing), Ms. Debra Ang (Manager, Corporate Communications & Marketing Service)
シンガポールメセナ視察ツアー 概要はこちら
アセアン諸国における企業メセナの促進と、各国をつなぐプラットフォーム形成を目指した国際交流プロジェクトの最終年度としてシンガポール視察ツアーを実施しました。シンガポールを拠点としている多国籍企業が、現地の地域やコミュニティのために芸術文化支援を行っている先進的事例を視察し、意見交換を行いました。
Singapore Tour Outline
We conducted a Singapore tour as the final year of KMK’s (Kigyo Mecenat Kyogikai: Association for Corporate Support of the Arts) 3-year project, we have organized the continuous series of implementing research, mutual exchanges and conferences in collaboration with Southeast Asian countries, since early 2015 called ‘Research and Conference in Facilitating Corporate Mecenat Activities and Establishing a Network in ASEAN Countries’.
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ナショナル・アーツ・カウンシル・シンガポール
1991年設立のシンガポールの国立アーツカウンシル。文化政策として、企業による寄付や、芸術文化活動の促進を促すプログラムを多数行っている。
National Arts Council Singapore.
The National Arts Council of Singapore was established in September 1991 “to nurture the arts and make it an integral part of life in Singapore.” As a cultural policy, NAC operates many programs to promote corporate donation and arts /cultural activities.
*インタビュー対応者 | Interviewees
ジョナサン・コー (シニア・マネージャー)
Mr.Jonathan Goh (Senior Manager/Communications &Marketing)
シャーロット・コー (ディレクター)
Ms.Charlotte Koh (Director/ Communications &Marketing)
ペー・スアン・イェオ (ディレクター)
Ms. Phee Suan Yeoh (Director/Communications & Marketing)
デボラ・アング (マネージャー)
Ms. Debra Ang (Manager, Corporate Communications & Marketing Service)
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NACについて
NAC: 私たちは1991年に設立しシンガポール政府機関の一部で芸術部門を担い、政府機関として企業の文化芸術支援を推進しています。ですから、私たちの資金や事業費はすべて政府からのものです。そこから、助成をしたり様々な方法で芸術振興を進めています。
政府からの資金となるととても厳しいガイドラインがあります。政府が支援することのできないプログラムもあるでしょう。そのプログラムは民間が支援できるものかもしれません。だからこそ民間の芸術支援を推進し、コミュニティや社会に根付く芸術をもっと活気づかせたいのです。
シンガポールの成り立ちと文化支援
――日本のメセナ活動の場合、日本の企業は100年以上前の明治以降に設立されたものが多く、その設立の目的は社会貢献のためということが多かったのです。そういう歴史的背景があったので、会社は社会に奉仕するものという風潮が強く残っており、それが今のメセナ活動につながっている面もあります。最近は経済がグローバル化していることもあり、企業がそういったことにお金を使うことに対し厳しい声も上がっています。ですから、企業のメセナ担当者はもっと短期的な視点で企業にリターンできるのかということに迫られています。シンガポールではいかがでしょうか。
NAC:シンガポールは非常に若い国です。政府はまず、国を建国しそれからインフラを構築することに専念しました。経済や雇用、外資企業の設立などです。そのため、文化や芸術に投資する余裕はありませんでした。しかし、最近になってようやく政府が文化芸術に目を向けれるようになって、芸術団体などを支援することができるようになったのです。例えば、ナショナルギャラリーは政府による助成で成り立っています。ナショナルギャラリーに行くと、銀行や投資会社など様々な企業がスポンサーとなっていることがわかります。エキシビジョン・ホールにはそれら企業の名前が展示されています。
また、舞台芸術科のある教育機関も国家からの助成ですが、企業にこういった場所を支援することで社会に奉仕してくれるように推進しています。いくつかは企業の支援が集中することもあります。芸術文化支援がすこしづつ進歩していることもあり、純粋に芸術支援をすることは社会にも還元しているのだという認識も理解してもらいたいのです。とても難しくなってきていますが、企業のCSRがそれを支えてくれなくてはいけません。だからこそ、大きなそして確立された企業がどのようにして文化に寄与しているのかを学ぶことは興味深いのです。彼らにとって、芸術を支援することで企業にも還元できると考えているのです。
日本の文化と違い、単一民族文化という意味ですが、シンガポールには中華系、マレー系、インド系が混ざっています。移民の国だからです。ですから、1つに融合できるポイントや要素はないのです。ですから、場所をつくり、様々なものを建てたり提供したりして、彼らが一緒に活動できるようにしなくていけません。まずは芸術文化を広めるために学校や建物、そしてギャラリーを作っていきました。現在はインフラ面だけでなくその先を見ています。社会の中に存在する芸術やコミュニティアートなどです。これらが私たちがすでに持っているものをもっと発展させていってくれるからです。また、特別な助成があって、それは伝統芸術を支援するためのものです。そうすることによって様々な民族が持つ伝統を生かし続け、他民族間でも違った文化伝統をよりよく理解する手助けになります。
――こういった動きに対して国民の皆さんはどう反応したのでしょうか?
NAC:様々です。もちろん、政府主導ということもあるので、国民にとってはもっと芸術に触れる機会が増えました。ですから、芸術が活気付いていると感じる人も多々います。私たちは2年おきに調査を行っていますが、みんな芸術が活気付いていると感じています。
政府の考えとしては、1つの国家として私たち自身の芸術、私たち自身の物語なくしては、国家としてのライフがないのではと考えています。国家としての歴史を作るうえでは、また国としてのアイデンティティを作るうえで必要なものだと考えているのです。
――ここは様々な民族がいるわけで、そういった違った文化伝統を融合したりして新しい動きが生まれたりしているのでしょうか?
NAC:シンガポールは独立したとはいえ、マレーシアとあまり変わらないのではないかと思います。マレーシアも多民族国家ですからね。例えば、違った民族同士がコラボレーションしたり、一緒に新しい作品を作って公演したりということはあります。伝統的なものをやることもあるし、フュージョンさせて現代作品にしたりと様々です。例えば、2年前のシンガポール国際芸術祭のオープニングでは、それぞれの民族(中華、マレー、インド)から才能あるダンサーを各1名ずつ選出し、3人で作品を振付して公演してもらいました。とても賞賛されました。
しかし、戦略として彼らに要求はできません。なぜなら、伝統芸能にたずさわるアーティストにはこういった新しい試みをよく思わない人もいます。現代化しようとすると「純粋」「ピュア」ではないというからです。しかし、現代化することで新しい観客層を取り込もうとするアーティストや団体もいます。いつまでも同じ観客層だといつかは死んでしまいます。また、企業にとってもユニーク、斬新、新しいものは支援をしたいと思い易いです。新しいことにチャレンジする団体などは、企業の求めているものをしっかりとつかみやすいです。それに新しいことをすることは団体としてのアイデンティティを確立できるからです。ですから、伝統芸術にあくまでもこだわってしまうとやはり企業からの支援は受けにくいですし、こういった斬新なことを提供する団体よりは成功しないかもしれないのです。
では、次に私たちの主な2つの助成制度ですが、まずはシークファンドという新しい団体に向けた助成、そしてメージャー・グランド・システムはより確立されている団体にあげるものです。私たちの助成システムに登録されており、彼らの活動にかなりの額を助成しています。また、2つ主なカンパニーを支援しています。ひとつはチャイニーズ・オーケストラ、もうひとつはシンガポール・シンフォニー・オーケストラです。それから、55ほどの博物館や美術館も助成しています。そのほかにも芸術団体にも助成しています。また、事業の一つとして芸術プログラムも支援しています。すべてに支援することはできませんが、助成している団体には自分たちでも資金を獲得できるように進めています。また、助成を受けている団体は助成金で自分たちのプログラムを組んでいます。
もちろん、NACとして主催している活動もあります。なぜなら、私たちは政府機関であるため、芸術の価値というものをまず第一に見なくてはいけません。例えば、死に絶えていくような芸術、文学などですが、こういった分野に関しては私たちが直接プログラムも主催しています。なぜなら、こういった分野は助けなしではやっていけないからです。
シンガポール国民にとって、みなさん言いますが、芸術文化が大切だと感じています。私たちは国民にインタビューなどしたりして調査も行います。芸術の価値とは何か?こういったものを2年おきにですが調査しています。2年おきに、歩いて家のドアとノックし聞いて回ります。そして、それを持ち帰りデータ化し、重要な部分をまとめレポートとしてまとめ、印刷物としてだしたりもします。
――これだけの理解を国民がするということは学校教育に力を入れているのでしょうか?
NAC:最近ではそういったことをよりいっそう、多くやっています。学校のための特別な助成制度を立ち上げました。これは、生徒たちを博物館や美術館、劇場につれていくものです。ただし、芸術教育対してのみの特別な助成金制度です。この助成は宝くじロタリー会社が私たちに寄付をして、こちらでプログラムを運営しています。そして、これらの芸術教育プログラムを企画している会社や団体を選定するのも私たちです。とても多くのアーツカンパニーがこういったプログラムを学校に提供しようとして申請してきます。演劇、美術など様々です。まず、私たちに企画書を提出してもらい、私たちが選定をします。すばらしいと思えるものをウェブサイトや学校に配るカタログに載せます。そして、学校はそれらを見て「助成金をこのプログラムに使おう」と選ぶのです。対象は小学校と中学校ですが、幼稚園も対象にしはじめました。これらのプログラムはすべて芸術を通して、化学や数学、家庭科、人格形成など様々な教育をするという部分において、子供達が様々な経験をするというものです。
選定は毎年行います。それから、どの学生も似たような経験ができるように努めています。例えば、10歳であればナショナルギャラリーなどのビジュアルアーツのエキシビジョンにいくこと、とかです。これは教育庁が決めた政策のひとつで、どの生徒も同じ経験をするということを進めています。例えば、14歳になったらパフォーミング・アーツセンターにいって公演を見るとか、決まっています。この制度は最近始まったものです。なぜなら、学校によって偏りが出てしまうからです。例えば、博物館に行く学校もあれば行かない学校もあります。しかし、ある年齢になったらみなナショナルギャラリーに行くということを徹底しています。こうすることで違った学校の子供達でも何か共有できることが増えるからです。
また、調査によると、79%の人が昔よりも沢山のプログラムがあるといっています。そして、もっと多様なプログラムがほしいかと尋ねることもあります。コミュニティのために必要だという答えも返ってきました。調査を続けていく中で、どのようなタイプの芸術がいいのかという統計も出しています。私たちNACの方向性・戦略性としてはまずコミュニティエンゲージメント(民衆の参加)を重視します・また、芸術性を高めるということ、それから芸術に関わる施設やスペースなどインフラの整備です。コミュニティエンゲージメントでは、芸術がみなに触れるようにすること、それから市民が参加できるプログラムをもっと増やすことにフォーカスを当てています。
例えば、劇場のエスプラネードは、音楽ホールをもっと増やし、規模の小さなグループでも演奏公演ができるようにする計画を立てています。シンガポールには様々な劇場や公演スペースがありますが、私たちは常にアート団体が望んでいるものを考えるようにしています。エスプラネードのケースでは、あそこには中規模の公演スペースがなく、中小規模のアート団体が公演を行うことができなかったので、こういった要望に答えもっとスペースを作ることにしたのです。ですから、インフラというと建物やスペースなどアーティスト目線でアーティストが必要としているものを整備するということです。
では、次に私たちの組織を紹介したいと思います。メセナ協議会とやっていることが似ている部分もあります。民間企業や個人に芸術支援を推進することがまずひとつです。私たちの部署では、スポンサーということよりもフィランソロピーの意味での芸術支援です。
私たちの組織の役割と私たちが行っているマッチングファンド、カルチュラル・マッチングファンドというのですが、最も成功している事業の一つです。これはドルとドルマッチングファンドです。これは、シンガポールの企業が芸術に寄付・投資をするのを手助けする役割を担っています。アート団体が1ドル寄付を得ると、政府が1ドル支援します。つまり2ドルになるわけですね。日本では文化芸術支援は企業文化であるとおっっしゃっていましたが、シンガポールではまだ新しい試みです。現在はこういったことを通して企業の文化芸術支援を推進していますが、文化芸術支援が企業文化の1つとなるように仕向けていくのも私たちが力を入れたい部分でもあるのです。CSRという部署だけでなく、企業全体が企業文化として文化芸術支援を行うようにしたいのです。企業の利益に関わらず支援をしていく。これが大切だと考えています。大体の企業は利益など決済をすべて終えたのちにあまった部分を寄付として芸術に投資しますが、そうではなく企業文化とすることで予算の中にこういった支援活動資金を組み込むのでは大きな違いがあるのです。こういったことも日本から学べることができればと考えています。200ミリオンシンガポールドルがマッチングファンドに投資されることが2013年に決定しました。2017年の予算決定時には150ミリオンシンガポールドルがさらに追加されることが決定しました。この追加は我々の芸術文化部門にです。経済省の決定です。これを見ると私たちの部門がどれだけ成功を収めたかわかるかと思います。そして、2016年には5000万シンガポールドルが約80の団体に助成されました。そして、今までファンドレイズをしてこなかった団体でも、このマッチングファンドを通してファンドレイズを積極的にやるようになりました。そうでなければ、政府からの助成は受けられませんからね。それに税金控除の対象にもなります。シンガポールでは250%です。とても寛大ですよね。企業にとってはとてもいいことだと思います。その控除は芸術だけでなくすべての寄付に対応しています。しかしながら、このマッチングファンドシステムがあるのはこの芸術部門だけです。あとは、大学などもこういったシステムがあるところがあります。
また、コネクト・セッションというものをしています。アーティストと企業をつなげるセッションです。例えば、企業の方々を招いて、大体20ぐらいの企業ですが、アーティストから彼らの活動を共有してもらいます。そして、企業が芸術を通して何を得ることができるのかということを話し合ったりします。
それからファンドレイジング・キャンペーンを作りました。アート団体やアーティストが参加し、シェアリング・セッションを主催し、話し合ったのです。例えば、どのようにしたらもっと寄付を集めることができるのか?どのようにしたらファンドレイズがうまくできるのか?様々な団体・アーティストが自分たちの経験などを語り共有します。そのセッションには寄付者となる人々もいます。ですから、彼らも話を聞くことができ芸術への寄付を推進できると考えています。
――アート団体にファンドレイズのノウハウを教えたりしていますか?
NAC:はい、行っています。これらのセッションはもともとアート団体やアーティストにこういったファンドレイズのノウハウを教えるものです。専門家を呼んできて、戦略や企画などを講義します。そうすることで、彼らはどのようにしたら企業とつながることが芸術にとって重要であると理解してもらうためです。
だた、ファンドレイズだけというわけではありません。もちろん、ガバナンスや運営管理などのノウハウも教えます。企業の言葉を理解し、企業のニーズを理解するために必要だからです。寄付者の考えを理解し、寄付者の重要性を理解してほしいのです。またPRも大事です。それから、団体として理事会などとうまくやっていくことや、理事会をきちんと運営していくことも教えています。他には、パートナー団体を探したり協力したり。こういった人たちが理事会に座って団体運営を手伝ってくれるのです。ですが、ファンドレイジングをする上で大切なことばかりなので、主な目的はファンドレイズになります。
アーティストや慈善団体です。これもまたケイパビリティ・デベロップメントであり、ファンドレイズをする上では重要なプロセスになります。私たちもベーシックなファンドレイズのノウハウを理解しており、このトレーニングプログラムを展開しています。今はビギナーのレベルのみですが、2日間のトレーニングコースです。地元の教育機関が協力をしてくれて展開しています。現在はアドバンスレベルも展開しようとしています。
――NACは何人ほどが働いているのでしょうか?
NAC:180人が働いていますが、ほとんどが助成事業の運営管理に携わっています。私たちの部署はたった4人です。しかしながら、パートナー団体・個人などが多々あります。例えば、トレーニングプログラムは私たちが教えるのではなく専門家を呼んでやるのです。あくまでもプログラムを運営するだけです。事業資金は100%政府からです。
しかし、例えば、フェスティバルなどを主催することがあります。このような場合、企業がスポンサーとなってくれています。しかし、寄付はあくまでもフェスティバル開催運営のためのものです。私たちに払ってくれてはいますが、フェスティバルにすべていきます。助成に関してはすべて政府の事業費でまかなっています。
また、私たちは若いパトロンにフォーカスを当てました。UBS銀行が発表した調査では、お年寄りのパトロンは教育や福祉、貧困などに寄付をする傾向が強いのですが、若く高収入の働く個人は芸術に寄付をしたがるそうです。ですから、この調査をもとに、若いパトロン、だいたい35-40歳以下ですが、と話をしインタビューをしたのです。なぜ芸術に寄付をするのか?それらをひとつの話としてまとめ、新聞に載せてもらいました。こういった情報は芸術団体には届きにくいからです。写真に写っているテーラーさんはパトロンです。こういった情報を公表していくことが大切だからです。こ新聞に載っている寄付者はみな個人寄付者です。
人々は芸術に寄付する場合とても大きな額を払わないといけないと感じています。小額ではだめだと。しかしながら、このストーリーをみていただくとたとえ小額でも寄付になると示しているのです。この年齢にあった、出せる金額をということですね。認識を変えるためにです。
助成に関してですが、寄付者と芸術団体をつなげる役目を果たしています。また、1年に一回行われる受賞式もあります。今年で34年目です。写真に写っているのはパフォーマーです。セレモニーのオープニングで古典インドダンスを踊ってもらいました。そしてこれがトロフィーなのですが、先ほどもいいましたがアーティストによるデザインです。このアワードは芸術文化に寄付・支援してくれた人々を表彰するものです。特にこれは芸術支援をすることがいかに大切なのか、芸術分野の今を伝えるうえでとても役に立ちます。
次はオンラインギビングです。これがウェブサイト(www.giving.sg/arts)です。このウェブサイトには90以上の団体がリストされていて、寄付者はそれを見ることができどこにいくら寄付をしたいのか決めることができます。クレジットカードで支払いができ、たとえ、1ドルでも寄付は寄付になります。
シンガポールでは個人のほうが企業よりも寄付をする傾向があります。企業の寄付は減ってきていますが、個人の寄付は増えてきています。
――クラウドファンディングみたいなものでしょうか?
NAC:そうですね。このウェブサイト自体は違う組織団体が運営しています。私たちは利用しているだけです。このウェブサイトには芸術だけではなく、様々な分野の団体がリストアップされています。
私たちは、クラウドファンディングにおける成功度というものをどのように図るかということも考えています。たとえば、ウェブサイトに簡単な自己紹介や簡単なプロジェクト概要が載っているだけであれば、寄付は余り集まりません。しかし、目的やゴールが明確なものや、急を要する(つまりお金がどうしても必要だと思わせるような)ものであれば、成功率は高いです。例えば、子供達にこの公演を届けたいのです、といったような芸術教育のケースはとてもいい例です。過去の例として、とても若い40歳の個人なのですが、40歳になるまでに40,000シンガポールドルの寄付を集めて40の慈善団体に寄付したいとのことでした。 とても面白い例ですね。こういったことが自由にウェブサイトに乗せて寄付を集めていました。寄付を集めたい場合には、このウェブサイトに登録をしなくてはいけません。しかし、あくまでも慈善団体でなくてはいけないのです。寄付者は誰でもよいのです。団体は期限を決めることができます。また、寄付をどのように何に使うかなど、詳細を載せることもできるのです。
例えば、このカンパニーはシェークスピアを上演するために、100,000シンガポールドルをターゲットとして載せています。現在は48,000シンガポールドルが集まっています。それに、団体は金額をセットすることもできます。例えば、50ドル寄付するとこういったことができる、どのようなインパクトがあるか、100ドルではこういったことができる、などです。自由に設定できるのです。
このウェブサイトはナショナル・ボランティアリズム・MBPという機関が開発したソフトです。政府機関の一部で私たちの姉妹機関になります。
――期限内にターゲットに届かなかった場合はどうなるのでしょうか?他のクラウドファンディングのように、返金となるのでしょうか?
NAC:いいえ、寄付された分がもらえます。金額設定はあくまでも予定予算ですから。ですから、ターゲットよりも多くの寄付が集まる団体もあります。例えば、この例(ウェブサイトから)では5000ドルのターゲットに対して7000ドルが集まりました。しかも期限はあと5日残っています。これはとても役立つものです。企業から寄付を集めたい場合などにも使えます。もっとオープンにできるからです。しかしながら、大体はあまり大きくない金額です。300万シンガポールドルで劇場を建てたいなどといったものはあまりありませんね(笑)それから、期限もあまり長いと集まりにくい傾向があります。期限が短ければ寄付者も「早く寄付をしてあげなくちゃ」という気持ちになりますよね。それから、もうひとつの方法としては、キャンペーンを始めたときにいくらかもう寄付がしてある状態にすることも有効です。なぜなら、0ドルのままだと人々はあまり寄付をしない傾向にあるからです。こういったことも団体に方法のひとつとして教えたりします。ただ単にウェブに乗せて寄付が集まるというような簡単なことではないのです。だからこそ、キャンペーンを始める前、最中、終了後も様々なことを考えて努力しなくてはいけません。
では、つぎに企業による芸術支援調査に移ります。私たちは政府機関なので、発信、キャパシティビルディング、ファンドレイズの仕方などさまざまな事業をしています。
この調査ですが、企業だけではなく個人寄付者にも調査をしています。ですから、ターゲットは2つあるのです。この調査では3つのパートから様々な質問をしています。まずひとつはアート団体・アーティストに聞いたもので、フィランソロピーとして必要としていることは何であるのか?ということです。なぜなら、寄付が必要なときに寄付がない、必要ないときに寄付がある、ということもあるからなのです。これが一つ目です。2つ目は企業による支援・寄付です。様々な企業に質問をしています。芸術支援をしている、またはしようと考えている企業を対象にしています。どのようにして支援をしているのか?なぜ、芸術に支援をしているのか?こういったことを聞いています。3つ目は個人です。道にいる人々に直接質問します。もし寄付をしている個人を見つけた場合はなぜ芸術に寄付をするのか?どのように寄付をしているのか?を聞いています。スライドから見てもらうと分かるかと思いますが、2つのポイントがあります。1つは個人寄付、もうひとつは民間寄付です。
毎年、アーツ・ギビング・フェアを開催しています。ここでは様々なタイプの芸術を紹介していて、どんな人も芸術に触れるいい機会となっています。フリーペーパーを配り、それを見ると様々なイベントがどこでいつやっているのかがひとめでわかるようになっています。フェスティバルとはちょっと違うのですが、毎年2回3月と11月に開催しています。美術、音楽、演劇などさまざまです。私たち自身が企画し開催していますが、さまざまな団体と協力したり企業から協賛をもらったりして、それらを芸術団体に助成し彼らが作品・公演などをします。
――なぜ、企業が寄付・支援をするのかのデータはあるのでしょうか?
NAC:はい。このリストはインタビューした、芸術支援を行っている企業のリストです。まず、なぜ芸術を支援しようと考えたのか?からはじめます。企業だけにインタビューをしています。企業財団は入っていません。
このチャートの面白いところは企業のサイズや形態によって分けています。1つは大企業、1つは中小企業、もうひとつは外資系企業です。全部で3つに分けています。中小企業に関してはシンガポールだけではなく、シンガポールに支店を置く中小企業も入っていますが、大企業はシンガポールだけです。チャートから分かるように、私たちがいくつか知りたいことをまず調査しています。
1つ目は誰がどこに支援するのを決めているのか?2つ目はどのように支援する資金を工面しているのか?3つ目は支援することへの姿勢、どんなことを考えて支援しているのか?4つ目は企業の考え方、そして最後は芸術支援に対する企業のノウハウです。このチャートを見ていただくとわかるかと思いますが、3つのカテゴリーで違いが分かります。たとえば、中小企業では部長やディレクターが決めることが多いと分かります。外資系ではCSR部門が、また地元の大企業はCSR部門のほかにも、人事部、マーケティング部、総務など部署が様々です。この調査は、誰に支援をお願いするべきかわかります。支援を頼む部署や人は誰になるのかわかります。この情報はアート団体にも共有しています。
次に資金・予算ですが、私たちが知りたかったこととして、支援資金は年間予算にあらかじめ組み込まれているのか?それとも依頼されたときに社内で相談して支援資金を創出するのか?です。大企業のほとんどは年間予算に組み込まれているという結果がでていますね。それに比べ、中小企業では依頼されたときに寄付をするか否か考えて寄付をします。シンガポールの現在のトレンドといっていいでしょう。また、企業はこういった支援をするか否かということに対してどれだけの時間が必要なのかということも聞きました。この調査は、芸術団体やアーティストがどれだけの余裕をもって寄付依頼をする必要があるのかということがわかります。1ヶ月後の公演に寄付が必要だからいますぐ寄付をください、ということは不可能なのです。大体の企業は1年前と答えています。3年、5年ということもまれにあります。この調査を見ると、適切な時期に依頼をすれば、支援を受けやすくなります。また、時期が違うと支援は受けられないとわかりますね。
では、次はシンガポールにおける支援の方法です。大企業は中小企業は寄付、お金の支援を好みます。それに対して外資系では時間を寄与することを好みます。どういうことかというと、CSR部門のスタッフをボランティアとして支援団体の助けをさせるということです。これは私たちが面白いと思ったことですが、外資系の支援はCSR部門が担っていることが多いため、寄付を依頼してもCSR部門からスタッフをボランティアとして時間を寄与することが多いのです。それに比べ、大企業や中小企業はマーケティング部門が担う場合が多いのでやはりお金の支援が好まれます。ですから、アート団体のニーズに合わせて、どの企業にいつどの部署に依頼をするか認識していれば支援を得られるのです。もちろん必ず100%とはいえませんが。これらが、支援の形態になります。他にも様々な形態がありますが、この2つが特に好まれているものです。
次に、主な支援理由を聞きました。ほとんどの企業がCSRの哲学を信じていると答えたのです。つまり、寄与・寄付・支援自体が会社の企業文化として根付いている、社会に奉仕するのが会社の役目だと信じているということがわかりました。これがどのカテゴリーでもかなり高い率の回答です。また、上司・社長などの考えということもあります。「社長が好きだから」という理由で支援をしているという回答もありました。また、税金控除、社会に認めてもらう、というとうな回答もありましたが、面白いことにこれらの数字は低く、こういった理由が主な目的ではないと重要でないと考えていることがわかります。もちろん地元企業にとってはこれらの理由は大きい部分もあります。
私たちの部署はあくまでもフィランソロピーの理念に基づいています。フィランソロピー自体見返りを求めないのです。それが企業に根付いているのではないでしょうか?シンガポールではフィランソロピーは寄付、時間などさまざまですがこれがCSR哲学に基づいています。
企業になぜ寄付をするのかと聞くと、みなCSRの哲学が企業に根付いているといいます。例えば、ある企業は社会問題、高齢化、に対する寄付をしていますが、そういった活動をしている団体を探し寄付をします。また時間を彼らに提供することもあります。その場合は重要度がかなり高いのです、貴重な社員の就業時間をそちらにあてるわけですから。
――シンガポールでCSRといえば、社会のためと思うのはわかります。それでも会社から何の疑問もでないのですか?
NAC:理由は沢山あります。シンガポールは一般的にとても実践的といわれています。企業の支援はどんな形であれ企業に返ってこなくてはいけません。文化の違いもあるのでしょうか。こういった調査が私たちに企業がなぜ寄付をするのか、芸術を選んだのはなぜかということを教えてくれます。ここにリストアップされているインタビューした企業はもうすでに支援・寄付をしています。しかし、芸術とは限らないのです。社会問題、教育など様々です。ですから、この調査では特になぜ芸術に支援をしているのかと質問しています。どのようにしたらCSR部門から芸術に対して資金を支援してもらえるのか?CSR部門の考えにどれだけ芸術が沿えるか?例えば、CSR部門が高齢者を支援している企業には、芸術を組み合わせたらどうか?ということを提案します。例えば、病院を支援している企業には、「アーティストは何も医学に関して言うことはできませんが、ここで公演をすることができます、様々な人と協力して患者さんに踊る・演技をすることを教えるプログラムを作ったらどうでしょうか?そうするとCSRがとてももっと魅力的になります」、というようなことを提案します。CSR部門の根底には見返りというものが必ずしも最初ではないということです。
では、次ですが、何が支援・寄付をするきっかけ・モチベーションになったのかということを質問しました。こういったメッセージを広く公開することで、寄付企業をもっと増やしたいからです。
多くの企業が文化や芸術は受け継がれなくてはいけないと考えています。例えば、伝統芸能グループを支援したりです。また、創造性を推進しなくてはいけないと思っているからと回答した企業もあります。こういった企業はどちらかというと現代アートを支援しています。地元大企業や中小企業は、社長や上司の意向で、文化芸術を次世代に伝えていくのが大切だと信じています。これらはとても強くシンガポールに根付いているものです。シンガポールの文化や芸術だと信じ、これらを支援しようと考えています。
それから、逆にどうして芸術に寄付・支援をしないのかと質問もしました。どのような要素が芸術に支援をしない理由なのか知るためです。ですから、両面から調査をしています。
なぜ、支援をしないのかという理由ですが、まずひとつに外資系で言えば、自分たちの優先すべきことではない場合はわざわざ芸術に支援はしないというものでした。大企業も同じような回答がありました。中小企業に関しては、マーケティング部門の意向もあります。つまり、企業ブランドとつながりがないものであったり、利益にならない場合は芸術支援をしないとのことでした。例えば、飲食関係の企業では、飲食と芸術のつながりはないと考えている企業もいます。このような場合に私たちが話をします。様々なアイデアを紹介したり、実際にやっている企業の事例を紹介したりしています。ですから、両面からきちんと企業の考えていることを把握して対応しています。
こういったことをきちんと調査し、見える化することで企業の考えや姿勢がわかるようになります。大企業、中小企業、外資系に関わらずです。みな、それぞれの考えや理念があって、そういったことを公開することで、芸術に支援をしたがらない企業にも興味をもってもらい様々な方法やアプローチを理解してもらうことは大切だと考えています。
また、私たち自身がアーツカウンシルということもあるので、アート団体が何をしているのか、何を必要としているのか把握していることもあり、企業と団体を結びつける役割も果たしています。どのようなタイプの芸術でも、それにみあった企業を把握し、紹介したりしてコネクションを作れる環境にしたいと考えています。
まだ調査を始めたばかりですが、とても役に立っています。企業が考えることは何か?こういったことを把握することで次のステップを考えることができるからです。もちろん、企業によって様々な考えや方法がありますが、一般的に企業が芸術支援をする・しないことに関してどのように感じているのかわかることができます。
――アンケートを送るのですか?
NAC:いいえ、直接会って、インタビューをします。
――何社ぐらいですか?
NAC:1年に250社ぐらいでしょうか。
――では、最後に、これからナショナル・アーツ・カウンシルが目指したいもの、力を入れたい分野、解決しなくてはいけないことは何でしょうか?
NAC:私たちの主なゴールは民間と個人から寄付・支援をもっと得る、推進していくということでしょうか。そして、その寄付・支援がもっと芸術に行くように仕向けていくことですね。ですから、フォーラムやトレーニングこースなど様々な事業を展開しているのです。こういったことは私たちだけではなく、アート団体や寄付者も含め、芸術が継続して活性化していくことを目指しています。また、寄付・支援が絶えることのないようにする目的もあります。ですから、数字的にも芸術に寄付をするパーセンテージを増やしたいと考えています。他の分野に比べて少ないですから。
大切なことは「継続性」だと考えています。現在、調査結果からわかるように80%の芸術支援が政府から来ています。政府ですから、いつ予算がなくなるかもわかりませんよね。ですから、アート団体やアーティストが自分たちでやっていけるように、政府だけでなくほかからの支援を得ることができるように、また自分たちで収入を得れるように、常に考えています。そうすることで芸術シーンはもっと活性化すると考えています。
――話を聞くと教育や啓蒙に力を入れていると感じます。
NAC:そうですね。そういえます。私たちも助成はしています。しかし、それも永久ではなくある程度までです。ですから、助成を私たちからもらうだけでなく、私たちが展開している事業を活用してもらい、将来どのように継続して活動していけるか、ということを学んでもらいたいと考えています。
もうひとつは、外国の様々なメセナ協議会とあって話をしました。多くの国では、企業による芸術支援は伸びておらず停滞している状態だということがわかりました。それに比べて、個人の芸術への寄付は増えてきているのだとか。ですから、こういったことを踏まえて、私たちの事業に活用しています。
たとえば、パトロン・アワードがあります。2015年以前は、ある決まった額以上の寄付をした企業にのみアワードを与えていました。しかし、そうではなく少ない額でも芸術を支援している、芸術支援大使になれるような個人でも表彰することにしたのです。ですから、現在は企業と個人両方のアワードがあります。両者をもっと芸術支援してもらうためです。そうでなければ、オーストラリアのように企業の芸術支援が伸び悩んでしまいます。
芸術団体やアーティストにも、こうしたアワードをとおして芸術支援者を知ってもらうようにしています。ですから、あえて企業と個人を分けています。
シンガポールでは、みな、文化芸術がもっともっと発展してほしいと感じている人が多いのです。もちろん、個人寄付をした場合でも例えば無料でチケットをもらえたり、イベントに招待してもらったりなど見返りはあります。例えば、アート団体のイベントなどのプログラムには個人寄付者の名前が載っていたりすることもあります。そうすることで寄付者が認められるということもあるでしょう。しかし、見返りを数字で表すことは不可能です。それが無形のものであればなおさらですよね?芸術は数字では図れません。ただ、芸術分野に共存しているというすばらしい認識・意識があるのです。
調査では、73%の人が私たちの調査がとても役にたっているといいます。なぜなら、さまざまな芸術のタイプをカバーしているからです。例えば、道で人に「芸術が大事だと感じますか?」と聞いても、芸術というのは幅広く何をさしているのかわかりませんよね。大体の人は劇場、博物館、美術館などお金持ちの人が楽しむものだと思ってしまいます。ですが、道にある小さな作品、地元のマーケットや農場で行うローカルな音楽ショーなど、すべてが芸術です。こういった例をだすと、みな「あ、それとても好き」といってくれます。一般市民になじみのある例で質問をしなくてはいけません。
なぜなら、芸術は私たちの生活の一部です。それが芸術がどうかは、個人の感じ方によって違います。ですから、私たちがきちんとそれを把握し、常に芸術というものの認識を増やしていく努力をしなくてはいけません。これが、私たちのこれからやらなくてはいけないことでしょうか?
――なるほど。今日はとても勉強になりました。ありがとうございました。
NAC:こちらこそ、様々な貴重なお話ありがとうございました。
インタビュー2017年11月7日
Interview held on 7 November 2017