木を通じて人が出会い、育まれる「木育活動」
「木育(もくいく)」という言葉をご存知だろうか?
近年、森林を管理する人材の不足や、外国からの安い木材の流入により、国産の木材使用量の減少が問題になっている。「木育」とは、北海道や農林水産省が中心となり、人々の「木離れ」に歯止めをかけるべく、2004年から始動した「木材利用に関する教育活動」の通称である。単に木材使用量を増加させるというよりは、木を使ったものづくりなどの活動も交えつつ、木材使用が地球環境へ与えるよい影響を学んでもらうことで、木に親しみを持ってもらうことに主眼を置く。現在、全国各地で木育に関するさまざまな活動が行われ、その普及が進んでいるが、日本を代表する建設会社、清水建設の東京木工場でも、「子どもたちにより深く木を知ってもらいたい」「木を好きになってもらいたい」という思いから、木育活動に取り組んでいる。
東京木工場の木育
1884年に開設した清水建設 東京木工場は、これまで140年近くに渡り、精緻な木工技術を職人の手によって受け継いできた。同社が木工の自社工場を保有しているのは、同業他社にはない大きな特徴であり強みだ。工場では、明治時代から培った技術を「次世代へと伝えたい」との思いから、2007年より「木育活動」を開始。きっかけとなったのは、自社社員の家族を工場内に招いて行う「夏休み親子木工教室」だった。その後、東日本大震災被災地の小学生や近隣保育園の園児や障がいのある子どもたち、地元の高齢者サークル等へも参加者の裾野を広げていき、これまでに開催した木工教室は延べ162回、参加者数は約2万7千人にのぼる。
レベル別の木工プログラム
木工教室では、東京木工場社員たちの指導のもと、参加者がノコギリや金槌などの道具を使って木工課題に取り組む。参加者の年齢等に応じ、「体験型」「学習型」「初級」「中級」「上級」という5段階のプログラムが用意されている。カンナ掛けや木の魚を釣り上げる「魚釣り」など、気軽に木と触れ合う体験ができる「体験型」、木について紙芝居で学んだうえで作品制作を行う「学習型」。「初級」、「中級」、「上級」では、キーホルダーから貯金箱、引き出しつきの書棚まで、さまざまな木工課題の中からレベルに合った作品づくりをする。
木材の魅力、そして地産地消
木工教室は、木材を組み立てるだけでなく、単に「木と触れ合う」というシンプルな経験が重要な要素だ。「木は、本当に一つひとつの重さとか、肌触りとか、香りとか全部違う」と和田昌樹(わだ・まさき)工場長。過去にはあの新宿のランドマーク、モード学園コクーンタワーの施工にも携わった方が、ニコニコと木の魅力を語る姿からは、木に対する並々ならぬ思いが伝わってくる。
木工教室で使用する木材には、開催する地域の間伐材や端材が使われるなど、木育は木材の地産地消にも貢献している。東日本大震災の被災地でもある宮城県南三陸町において、2012年から実施している小学生対象の教室では、南三陸産のヒノキや杉を現地企業に用意してもらっていたのだとか。間伐材や端材を活用することで、木材を無駄なく使うことの重要さも、子どもたちに伝えたいのだという。
東京木工場の「匠」たち
東京木工場で働く社員は、いわば木工の「匠」。清水建設全社の中でも、実際にものづくりに携わる数少ない社員である彼らは、全国技能グランプリや技能五輪全国大会におけるメダリストという強者揃いだ。木工教室の講師となるのは、そんな、普段はものづくりの最前線で働く「職人」たちなのである。職人と聞くと、「職人気質(かたぎ)」という言葉通り、頑固で無口な人物像をイメージしてしまうが、東京木工場で出会った社員たちは皆とても穏やかで、技術や製品について噛み砕いて説明をしてくれた。
木育活動は、東京木工場の一部の社員が中心となって持ち回りで行われるが、社員全員が少なくとも年に1回はその運営にかかわっているという。森林や木材についての専門的な知識を持ち、「木育」を普及・指導する専門家であることを認定する資格「木育インストラクター」を自主的に取得する社員もいるほどで、社員らの木育に対するモチベーションは高い。和田工場長自身もこの資格を持っているというのだから、部下に対する徹底した言行一致の姿勢を感じた。
障がいのある子どもたちとの木工教室
そんな木工教室、実際の活動の様子を取材させてもらった。今回うかがったのは、障がいのある子どもたちが江東区を拠点にさまざまな活動に挑戦するサークル「イルミ★ミュージック(以下、イルミ)」と共同で開催された木工教室だ。イルミとの木育活動は年3回ほどのペースで実施されており、今回で5回目になるという。
この日の木工教室は、とある区民施設を会場として実施された。課題は貯金箱。講師役の社員の解説のもと、子どもたちが熱心に部品を組み立てていくのを、他4名の社員たちも見回りながらサポートやアドバイスを行う。いくつかの部品を木工用ボンドで接着した後、釘と金槌も使って固定していく。この日参加していた社員の一人、土屋さんは「最初は(釘と金槌は)危ないと思っていて使っていなかったんですが、イルミさんからの希望もあって、今回はやってみることにしました」と話す。土屋さんも、一級技能士保有者のみが出場できる全国大会「技能グランプリ」の準優勝経験を持つという。日本トップレベルの木工技術を持つ講師陣から直接学べる教室というのは、全国でもほかに類を見ない貴重な機会だろう。
東京木工場が位置する江東区木場は、もともと貯木場や木材の切り出し場があったことで知られる。イルミ代表の服部さんは「同じ江東区内である木場ということもあり、子どもたちに木工を体験させてみたいと思っていた」と振り返る。木工教室は、服部さんがインターネットで清水建設の「木育活動」を見つけ、本社の問い合わせ窓口に相談を持ちかけたところから始まった。イルミでは、木工教室以外にも音楽体験や鑑賞などさまざまな活動が企画され、毎回サークル内で参加者が募られる。障がいのある子どもたちは、一般的な習い事に通うことが難しい。「やりたい気持ちがあっても、実際に行ってみたら何もできなくって終わっちゃったということもある」と服部さん。だからこそ、障がいがあっても皆それぞれが輝ける活動に出会えるよう、多様な企画を立ち上げている。この日の木工教室に参加していたある親子に話を聞いてみると、イルミで企画される活動の中でも木工教室が好きでよく参加しているのだそうだ。過去の木工教室参加者の保護者からは、「1時間半も座って作業に集中している息子は初めて見た」という感動の声も寄せられたという。
「出入り大工」の精神
障がいのある子どもたちが安全に楽しく活動に参加するためには、事前の調整も不可欠だ。イルミ側が事前に各参加者の保護者に行うヒアリングも踏まえ、参加する子どもたちに当日どのような準備が必要なのか、東京木工場の社員と打ち合わせを行う。取材当日も、子どもたちが必要なときには部屋の外に出て落ち着けるよう、活動を行う部屋の扉は常に解放されていたり、車椅子の参加者用の席が用意されていたりした。また、この日は雨天のために普段より移動に時間がかかる参加者もおり、予定されていた開始時刻から15分押しで活動が始まった。事前準備から当日の運営に至るまで、参加者のニーズに合わせたきめ細やかな配慮が行われていたのが印象的だ。
ここには、清水建設創業者の初代清水喜助(しみず・きすけ)、二代清水喜助が体現した、清水建設のアイデンティティーでもある「出入り大工の精神」が反映されているようにも感じる。出入り大工とは、建物を建てた後にもお客さんのいる場所に出入りしてつき合いを続け、メンテナンスを施す職人のことだ。木育活動に参加する人々のニーズや思いに寄り添った活動も、このマインドから生まれているのだろうかと思わされる。
リモート木育
東京木工場では、コロナ禍においても「リモート木育」と称し、対面で集まらないかたちでの木育活動を行なっていた。遠隔の会場と工場とをビデオ通話でつないで行う木工教室や、参加者の自宅に木工の材料キットを送り、同封する説明書やQRコードから視聴できる解説動画を見ながら課題に取り組んでもらう「おうちde木工」も実施した。特に後者は、家庭内で親子間のコミュニケーションのきっかけにもなると評判で、ここ数年は毎年、全国から社員の子どもたち200人以上が応募する人気のプログラムだ。
「当初はコロナがいつ収束するかどうかもわからず、それだと(木育が)終わってしまうと思った。そこで『こんなことやってみたら』と提案してみたら、うちの社員たちがすぐに応えてくれた」と和田工場長。アイデアをかたちにすることを専門とする東京木工場社員の手によってこそ実現した、コロナ禍へのスピーディな対応と、活動継続の舞台裏を垣間見た。
木育が生みだす好循環
2021年より、企業メセナ協議会が実施するメセナの活動の認定制度「This is MECENAT」にも認定されている清水建設の木育活動。今や木工教室の開催にとどまらず、地域の小学生や工業高校の生徒に向けた工場見学、学校での講義や体験学習への講師派遣など、そのバリエーションを広げている。染谷光城(そめたに・みつしろ)CSR推進グループ長は「我々は営利団体ですから、会社としてこの活動が事業の継続に貢献できるかも視野に入れなくてはならないですし、企業のCSR活動の一環としてどうやって社会に貢献していくのかが重要」と話す。そのうえで今後、一つひとつの木育活動をさらに意義あるもの、参加者のニーズに最適なものにしていきたいという。
木育とは、木を通じて人が出会い、育まれる活動だと感じさせられる。参加者は、木を使ったものづくりの体験を通じて、東京木工場の「匠」たちと出会い、その熱意に触れる。そしてまた東京木工場の社員たちも、木工に夢中になる地域の人々、子どもたちと出会い、自分たちの技術に誇りを持つことで、よりよい仕事へと繋がっていく。清水建設の「木育活動」には、そんな好循環が見えた。現在、東京木工場では建替計画も進行している。2025年にオープン予定の新工場には、木育に特化した「木育室」も設けられるという。今後の木育活動の行方に期待が高まる一方だ。
取材を終えて
清水建設の施工実績年表を見たとき、誰もが一度は目にしたり、足を踏み入れたりしたことがあるであろう、その著名な建築物のラインナップに改めて驚かされた。そんな大事業を数々こなしてきた企業にとって、個々の木工教室や工場見学会は、1回に参加できる人数は非常に限られた、ある意味「草の根的な」活動といえるだろう。しかし、人を育てること、木を育てることと同じように、木工技術の伝承は一朝一夕で叶うものではないはずである。140年前から技術を受け継いできた東京木工場にとって、地道な活動を継続することこそが人材育成に不可欠であるということは、もはや至極当然の信念としてそこにあるのだろうと感じる。木工教室に参加した子どもたちの中から、将来の日本を代表する木工職人が生まれると思うと、それこそ壮大な、夢のある大事業だと思わずにはいられない。
【イルミ★ミュージック木工教室】
取材日:2023 年 6 月 11 日(日)
取材先:江東区青少年交流プラザ(江東区亀戸7-41-16)
【清水建設 東京木工場】
取材日:2023 年 6 月 19 日(金)
取材先:清水建設株式会社 建築総本部 東京木工場(東京都江東区木場2-15-3)
取材:清水建設株式会社