暮らしにアートを。
東京建物 Brilliaが描く、住宅とアートの幸福な関係。
東京建物が運営するアートギャラリー「BAG-Brillia Art Gallery-」(以下BAG)は、東京・京橋のオフィスビル群の中にある。取材した2024年9月には、メディアアーティストである落合陽一氏の個展「昼夜の相代も神仏:鮨ヌル∴鰻ドラゴン」が開催されていた。ホワイトキューブに一歩入ると、八重洲・日本橋・京橋エリアに根づく土着性とテクノロジーが融合した展示空間が広がっている。
「YNK(八重洲・日本橋・京橋)エリアは江戸時代から商業が盛んで、食文化があつまり、職人が活躍していたまちでした。そんなまちで、住宅×アートに関する取り組みができないか、と考えたのがギャラリー創設の背景にありました。」そう話してくれたのは東京建物 住宅事業企画部 CRM室室長の鹿島康弘さんと課長の中山佳彦さん。
「Brillia」という住宅ブランドを企画運営する彼らが、アートにどのような可能性を見出しているのか。本レポートでは、住宅×アートの幸福な関係について、そしてギャラリー運営をはじめとした芸術支援を、企業活動として継続するための地道な努力についてお伝えしたい。
住宅・住民・アーティスト、三方よしのギャラリー運営
2021年10月に開業したBAGは、立体作品の展示を想定した広がりのある「+1」と平面作品を展示しやすい「+2」の2つの空間で構成される、入場無料のギャラリーである。企画監修として公益財団法人彫刻の森芸術文化財団がサポートしており、開業以来さまざまなジャンルのアーティストの展示を実現してきた。
住宅ブランドとアート、一見距離のある両者に東京建物はどのような可能性を見出しているのだろうか。鹿島さんは住宅ブランド「Brillia」におけるアートの位置づけについて語ってくれた。
「BAGを開設したのは2021年ですが、それまでもマンションの共用部にアート作品を置くことは多くありました。Brilliaのブランドの理念である”洗練と安心”の”洗練”部分をそれぞれの担当者が解釈し、建物のデザイン性を装飾するかたちでアートを活用してきました。ここ数年はギャラリー運営を含めて、意識的に住宅×アートの価値を提案しています。」
アートがある住宅は増えてきているが、ギャラリーを運営しているからこそ生まれるアーティストとの関係性もあるという。
「実際にBAGで展示していただいたアーティストの作品を、物件に採用するケースが出てきました。物件のアートは建築家やデザイナーの意向で決まることが多いですが、土地の文脈、社員の琴線に触れたアーティストなど、東京建物から提案できるようになっているのはいい流れだと思います。」
東京建物からアーティストに自由な創作の機会を提供する。そこで出会ったアーティストの作品が、Brillia物件での採用につながる。そしてその作品を見て暮らす、育つ人たちの豊かさを支える。デベロッパーとアーティスト、住民の三方よしの関係が築かれているのが印象的だ。
継続のコツは「数字にしないこと」
東京建物のような不動産デベロッパーが、アーティストに作品展示の場を提供し、住民にアートに触れる機会を無料で提供することは、アートを振興する観点ではすばらしい取り組みといえる。一方で営利企業として、直接的な収益性のないギャラリーの継続的な運営は一筋縄ではいかないはずだ。本業の不動産業とBAGの位置づけや評価指標について、どのように考えているのだろうか。
「わかりやすい定量的な評価指標は立てないことにしています。アートの価値は数字では測りづらいですし、数字を立ててしまうと自分たちも苦しくなるので(笑)。そのうえでいえることは、これらの活動はブランドプロモーションとして妥当なサイズの取り組みであるということです。たとえばテレビCMを打つと圧倒的多数の人にアプローチできますが、一方的な発信に留まってしまいます。アートの場合は実際に目にしたり触れたりした人の記憶に残る、好感を持ってもらえるという観点でパワーがあると思います。ブランドとしての姿勢を見せる、価値を高める活動として純度の高いコミュニケーションができる。そして他社にはなかなかできない、差別化にもなることを考えると、十分妥当な取り組みだといえます。」
また、ギャラリー運営の定量的な指標は持っていないとしつつも、ブランド活動における重要指標との紐づきは意識しているという。
「ブランド活動としてはNPS(ネットプロモータースコア)を最重要視しています。Brilliaを人に推薦したいと思えるか、という指標です。不動産において推薦するかどうかは難しい質問です。人によって住む場所も違うし、価格も時代によってさまざま。では何で判断するかというと、住み続けたいと思うかどうか、たとえばアートに触れながら育った子どもたちのことを見て感じることだったりします。短期的にも定量的にも判断しづらいですが、お客様に住んでいてよかったと感じていただける=NPSに貢献する(人に推薦したくなる)というロジックでアートも位置づけています。」
東京建物のアート活動には2つの側面がある。アートを通じて豊かな生活を実現したいというビジョナリーな側面と、Brilliaブランドを純度高く、効果的に伝えるためのブランド活動の側面。この両面が揃っているからこそ、社内の応援を得ながら魅力的なアート活動を継続できているのだ。
正解だけじゃない、アートの可能性
東京建物のアート活動として、ギャラリー運営だけでなく「Brillia Art Award Cube」というアワードを開催している。本社ビルである東京建物八重洲ビルの一角にBrillia Loungeというスペースがある。広告的な活用やアートを配置するなど、さまざまなアイデアがあった中で、デベロッパーとして「場の提供」をすることに意味を見出したという。Brillia Art Awardでは、応募条件として45歳以下を対象としており、アーティストの飛躍の場として位置付けている。
「若いアーティストの方からの応募も多いので、毎年発見があります。2018年に展示した”東の女神”という作品は、デベロッパーの視点だと不吉じゃないかと賛否があったり(笑)、2023年の”静寂の記憶”は中国出身のアーティストからの応募で、竹細工をつなぎ合わせて構成される繊細な作品でした。これまでは完成したアートを見る機会しかなかったのですが、このアワードを開催するようになって、構想資料から作品ができ上がるまで携われるようになりました。これは社員が新しい角度からアートを知るという意味で、貴重な経験になっていると思います。」
また今年からは、Brillia Gallery 新宿というコンセプトショールームにて、アワード第2弾となる「Brillia Art Award Wall」が開催されている。立体作品が展示されるCubeに対して、Wallでは写真や絵画など平面作品を募集対象としている。新しくできたコンセプトショールームを彩るために、アートで何かできないかという課題からアワードの開催に至ったという。実際に物件を見にきた方々が帰り際に作品を目にし、それがまた会話のきっかけになっているとのこと。このように、さまざまな取り組みの中でアートが選択肢として俎上にあがっている時点で、Brilliaのアート活動は社内浸透しているように思える。
「最初はアートに距離を感じていた人も多かったです。アートはよくわからない、という声を聞いたり。でも最近は展示を見るのが一番の楽しみだといってくれる役員もいるくらいに浸透してきました。社員にも影響を与えている気がします、必ずしも正解を出さなくてもいいんだと。」
不動産デベロッパーという高い収益性が求められる業態において、数字で測れない・正解だけではない取り組みを肯定できる東京建物の姿勢は、まさに企業姿勢として語られている「豊かで夢のある暮らしを応援」することなのだ。この姿勢を共有する限り、東京建物は住宅とアートの幸福な関係を紡ぎ続けるのだろう。
取材を終えて
東京建物は、アートの可能性を信じている。今回お話をうかがう中で、言葉の端々からそのことを実感した。住宅の共用部にアートを配置することも、入場無料のギャラリーを運営することも、若手アーティスト向けのアワードを開催することも、その価値観の共有がなければ容易なことではない。アートが暮らしを豊かにするという信念が根底にあるのだ。お二人の話を聞いていると、この活動が続く先には「アートがある暮らし」が当たり前になる未来がきっとあるんだと信じてしまう。
・取材日:2024年9月13日(金)
・取材先:東京建物株式会社
BAG-Brillia Art Gallery(〒104-0031 東京都中央区京橋3丁目6-18 東京建物京橋ビル1階)
東京建物(株)本社(〒103-8285 東京都中央区八重洲一丁目4番16号 東京建物八重洲ビル)