日本毛織株式会社

ニッケ鎮守の杜で育む、作り手・使い手・伝え手の交流の場、「工房からの風」

右から、清水泉さん、稲垣早苗さん、河野裕さん

 

10月26日の土曜日、千葉県市川市のショッピングセンターニッケコルトンプラザの一角にある「ニッケ鎮守の杜」で野外クラフト展「工房からの風 craft in action」が行われていた。

そこには、作家さんとの会話を楽しみながら、陶磁器、木工、金工、染織など工芸品を手にとる人たち、その周りでは大きな樹木の下に落ちているどんぐりをせっせと拾う子どもたち。そして、ていねいに手入れされた庭を楽しむ人たち。各々がゆったりとした空気の中でその場所を楽しんでいる姿があった。

この野外クラフト展は今年で22回目となる。日本毛織株式会社(通称ニッケ)が主催し、2001年から続けてきた。来場者は土日の2日間で1万5,000人ほどになる。この取り組みが2016年のメセナアワードにおいてメセナ大賞を受賞した。

工房からの風を、当初からコーディネートしてきたニッケコルトンプラザニッケ鎮守の杜プロジェクトのディレクター稲垣早苗さん、1回目から稲垣さんの上司として担当していた執行役員で人とみらい開発事業本部 SC事業部長の清水泉さん、そして経営戦略センター 総務法務広報室長の河野裕さんに、工房からの風の特徴や会社として22回続けている想いについてお話をうかがった。

 

工房からの風とは

 

クラフト展の会場には約50人の出展者ブースがゆったりと並んでいる。派手に装飾するのではなく、鎮守の杜に溶け込むように、それぞれのブースの展示が行われている。テントの前に紡ぎ機を置いている染織の作家さんもいた。

「まさに”工房から”ですよね。見せ物じゃなくて、工房でやっていることをナチュラルに見てもらう」と稲垣さん。

工房からの風というタイトルの後には「craft in action」とつく。
「craft in actionと名づけたのは、作家自身が作品を展示して販売するということを通じて、素材のこと、技術のこと、表現のこと、使い方のこと・・・といった売買だけではない、作り手と使い手と伝え手の交流を願ってのこと」と、イベント趣旨にある。

 

作り手と作り手の交流が、作家を育てる

 

工房からの風のあまり類をみない特徴の一つが、作り手と作り手の交流ができる仕組みがあることだ。

そもそも、工房からの風に出展すること自体、実は簡単なことではない。募集要項には「プロ、もしくは明確にプロを目指している作り手」、「趣味としての制作ではないこと」と記載がある。

稲垣さんにうかがうと「応募は定員の5倍くらいあります。その中から妥協せずに力がある人を選ばせてもらっています。敷居が高くて、ここを通ると出世するから”クラフトフェアの東大”ともいわれているそうです。長い目で見て作家が力を蓄えていくことを目指しているんです」という。

ニッケでは、工芸品で生計を立てていくことを目指している作家を本気で支援したいと考えている。そして、作家も本気だからこそ悩みも多い。だからこそ同じ志をもつ作家との交流が大事になってくるのだ。

「作家さんは、”当日来て出展して帰るという”のではなく、開催日まで半年かけて交流します。まず対面での顔合わせをするのですが、任意参加で強制ではないのに北海道や沖縄からも皆さん来るのです。それは過去に出た先輩作家から『絶対行ったほうがいい。出ないと意味がない』という話を聞いているからだそう。みんな悶々としている。売れる前で。同じような人がいたり、先輩作家でもそうだったんだと知ることで、一気に輪が広がるのです」

さらに8月の終わりにもう一度集まる。本番の2カ月前に集まることでモチベーションがあがり、かなり親しくなれる。

「作家が成長するには、『いい師匠・いいお客様・いい仲間』がいること。同世代のいい仲間がいてこそ切磋琢磨できる。”何年度に出た”ということで同じ釜の飯を食ったというような共通項になっている。だから参加した作家さんたちはみんな仲がいいんです」

 

ニッケとしての想い

 

これだけていねいに作家さんをサポートしつつ、イベントの準備もしていくのは簡単なことではない。なぜニッケはそこまで作家さんに寄り添うのか。

清水さんは、ものづくりがニッケのベースにあるからだという。
「自然の恵みであるウール製品の会社なので、工芸品と通じるところがあります。コロナ前ですが、作家さんとの懇親会をしたときに、ニッケの部長など上の人たちと作家さんでものづくりの会話がとても盛り上がっていました。特に織物の話になると専門的すぎるくらいで。(笑)」

それに加えてショッピングセンターとの親和性もある。地域の人と暮らしと密接にかかわっているのがショッピングセンターだ。一方、工芸品も、日常的に使い、身に着けるもの。暮らしと密接に結びついている。

 

若い人、子どもたちが本物の工芸品に触れる大切さ

 

工房からの風には、ギャラリストやバイヤーの人も来る。明確にプロを目指す人を厳選していることで、ここから「伝え手と作り手」のつながりが生まれて、この日にデビューのきっかけをつかむ作家も少なくない。

「今の時代、ものづくりを生業にしていく人は多くはありません。けれど、若い人たちにこういう魅力的な生き方もあるよと伝えていきたい」と稲垣さんはいう。
「ものづくりを生業にしていくこと。こういう仕事が魅力だなと思ってほしい」という未来に向けての想いがある。

子どもたちに向けて「素材の学校」という企画も行っている。子どもたちが素材に触れる体験をするワークショップの場だ。
「子どもたちが素材に触れなくなってきている」という問題意識もある。素材の恵みと、それを生かす人の技術と美の感覚によってかたちづくられたものを学ぶ。この日もトントンカンカン。たくさんの子どもたちで賑わっていた。

そして素材の学校は、風人さんが先生となって実施している。風人さんと呼ぶのは、工房からの風に出展したことのある作家さんのこと。「風人さんたちは、自分たちがよくしてもらったから恩を返したいといってくれるのです。お金が目的ではなくやってくれています」

実際に素材の学校を体験した子どもが、美大に行くことになったという話もあるそう。小さいときから作家さんに触れて、こういう仕事をしている人たちもいるんだと、どんな仕事をしているかを身近に感じることができる機会になっている。

アートを生業としたいという夢を絶やさないように。工芸品の作り手がいなくならないように。素材の学校が果たす意味合いは大きい。

 

作り手と使い手、地域の交流

 

工房からの風に来るのは、7割が地元の方々。地域の人たちにとって、2001年からずっと続いている工房からの風は、地域の定番のイベントとなっている。

「秋の日の楽しみになっているみたいです。参加した方からお聞きしたのは、お嫁にいかれてお嬢さんが里帰りで戻ってくるときには、お母さんとここにくる。そんなカルチャーが生まれている」

工芸作家にとって、使い手との交流は制作のインスピレーションを得る大切な機会でもある。各展示ブースでは、お客さんとの会話が自然と流れている。お客さんも工芸品を見にくるだけでなく、作家さんとの交流を楽しみにしている人も多い。

「作家さんご自身が作品みたいですよね」と話してくれた地域の参加者の方もいた。作り手と地域の使い手がつながりファンになっていく。

2001年から開催を重ねていくと、地域の外の人も来るようになってきた。他所の人を通じることで、地域の人たちが「このイベントがあるからこのまちが誇らしい」といってくれるようになっている。「だんだん工房からの風が私たちだけのものじゃなくなってきている。作家さんたち、お客さんたちのものになっている。みんな我がこととして来てくださっているんです」と稲垣さんは笑顔で話す。

メセナ大賞を受賞したニッケだが、応募したのではなく推薦があった。推薦してくれたのは工房からの風に参加した人。「日本毛織でこういうことやっているけど、これってメセナじゃないですか」と。稲垣さんは「工房からの風がメセナ活動だと思って応募してくれたみたい。その後、メセナの事務局から電話があってびっくりしました」という。

「推薦してくれたことでメセナを勉強して骨格ができました。骨格の一つにメセナがあることでぶれなくなった」

 

一過性のイベントではない

 

工房からの風で欠かせないのが、庭人さんたち。庭人さんというのは、ニッケ鎮守の杜のお庭を、年間通じて手入れをしてくれる地域のボランティアの方々。ガーデナーで、デザイナーの大野さんを中心に15名ほどで、楽しみながら庭づくりをしている。

庭人さんたちは「手も楽しむ、心も楽しむ、知識も楽しむ」。今回の作家さんのブースにぶらさがっている葉っぱの装飾も庭人さんたちがつくったもの。こうして庭人さんと作家さんの間にもつながりが生まれている。庭人さんはみなさん地元の方々。工房からの風は、地域の人たちによってていねいにつくられている場所なのである。

庭人さんたちが1年かけてコツコツと育んでいるお庭。工房からの風も「打ち上げ花火ではなく、コツコツやりながら大きな環になってきている。一過性ではなく蓄積して育まれていくことを目指しています」。

毎年行うイベントでは、年によって異なるテーマを設定することが多い。だが、工房からの風は同じコンセプトで20年以上変わらず続けてきた。清水さんは「大きく変わるものではない。普遍的なもの。今のまま続けていく」と未来を語った。

ニッケには、人と地球に「やさしく、あったかい」企業グループという経営理念がある。工房からの風の雰囲気はまさにやさしくてあったかい空気をまとっていた。作家さんも、お客さんも、主催者も、バックヤードの皆さんも。それぞれが交流し、つながり、応援しあっているような。

これからも変わらずに、コツコツと続いていき、そしてつながりの輪がどんどん大きくなっていくのだろう。

 

 


取材を終えて

土曜日の午後、お話をうかがった稲垣さんが書籍出版と合わせてトークイベントを行っていた。出版社の方、ガーデナーの大野さん、作家さんも一緒に登壇し、さまざまなお話をされていた。

その中で印象的だったのが「作家さん自身、つくっている人が幸せじゃないと使う人も幸せになれない」というお話。だから、まずは作家さんが、幸せになってもらいたいということ。大変なときもあるだろうけど、幸せに向かっていてほしいと。そのためにニッケさんは取り組まれているんだなと。

この話を聞いて、とてもやさしくてあったかい気持ちになれた。

 

 

メセナライター:辻 陽一郎(つじ・よういちろう)

・取材日:2024年10月26日(土)
・取材先:日本毛織株式会社 ニッケコルトンプラザ
工房からの風[ニッケ鎮守の杜(〒272-0015 千葉県市川市鬼高1-1-1)]

arrow_drop_up