人を生かし、地域を活かす印刷 ——『季刊アイワード』がつなぐ北の未来
北海道札幌市の中心部。北海道新幹線の札幌延伸に向け再開発がすすむ創成エリアに、1965年(昭和40年)創業の印刷会社「株式会社アイワード」(以下、アイワード)がある。主軸のブック印刷事業では医学書や事典などの専門出版物をはじめ、全国の美術展覧会図録、社史、記念誌、研究成果出版物などさまざまな書籍を扱い、企画から編集、デザイン、印刷、製本に取り組む。1985年に全国発表した「文字情報処理システム」をはじめ、編集事業のDX化や国内初の印刷・製本部門におけるスマートファクトリー化を実現するなど、積極的なイノベーションにも努めている。そのほか独自技術による褪色したカラー写真の復元事業などを展開。書籍を制作するうえで必要な業務をほぼワンストップで担うことのできる「本づくり」の会社だ。
今回紹介するのは、北海道の印刷出版文化情報誌『季刊アイワード』である。1981年にアイワードの社会貢献活動としてはじまり、名称の変更や休刊の時代を経ながら継続発行している。北海道の印刷出版文化活動を掲載した全8ページのフリーペーパーとして毎号約7,000部が発行され、図書館などの公共機関や全国の得意先に配布している。地域に密着した特集やシリーズコーナーの内容ゆえ根強い読者も多い。
秋晴れの爽やかな10月の終わり。代表取締役社長の奥山敏康さんと、北海道第二営業部部長の馬場康広さんを訪ね、『季刊アイワード』に込めた想いや創刊に至った経緯、これまでの取り組みや今後の展望についてお話をうかがった。
社会とつながる印刷へ、経営再建からはじまる変化
9.7%
ほぼ1割だが、これがなんの数字かわかるだろうか。一般的な全国平均は2.3〜2.6%程度、アイワードの障がい者雇用率である。健常者との給与差もなく、社員全体の男女比もほぼ半々。今回取り上げる『季刊アイワード』の取り組みも発行から30年ほど継続されている。健全な労働環境と高い社会貢献意識をあわせ持つ魅力的な企業だが、初めからそうだったわけではないという。
アイワードは元々、北海道共同軽印刷として1965年に創業した。しかし1973年には「すべてがどうにもならない状態」にまで会社が傾き、ついに翌年1974年から経営再建に突入する。だが再建のために招かれた先代社長・木野口功氏が「およそ、会社らしからぬ会社」といわざるをえなかった大きな理由があった。総勢20名の社内において、一人の障がい者への差別が常態化していたのだ。そこで再建の手はじめに待遇改善と話し合いを重ねてこれを是正。こうした反省に立ち「民主的な運営」「情報の共有化」「男女の性による差別、障がいによる差別の禁止」などを盛り込んだ経営方針を策定した。同時に印刷事業の指針として経営理念も新定され、以降はドイツ製の印刷機を導入し事業を飛躍的に改善していくことになる。
「考えてみれば世の中には男女が半数ずついて、障がいはある程度の確率であります。そのうえで、印刷と出版を事業としているのだからこの分野を通じて地域や社会に貢献していく。そういう会社でありたいという思いが方針策定の背景にありました」と奥山社長は再建時のことを語る。
「印刷を通じて社会発展の一翼を担う」この経営理念と方針の策定が、のちに『季刊アイワード』を生む、社会とつながる印刷の第一歩となった。
印刷で社会に「お返し」を——はじまりは『月刊ニュースきょうどう』
『季刊アイワード』は年4回発行される北海道の印刷出版文化情報誌である。現在は北海道のさまざまな非営利団体による取り組みをはじめ、地域性の高い情報を掲載しているが、そのはじまりは1981年から1993年まで発行された『月刊ニュースきょうどう』にさかのぼる。経営再建から7年、「本業を通じて社会に貢献したい」という思いが、印刷出版に関する情報誌の制作というかたちで実現した。初版は2色刷りで2,000部を発行。1982年の印刷機導入でカラー表紙が可能となった。1989年以降はフルカラーが実現し、印刷技術の向上にも貢献している。奥山社長によれば当初の内容は「北海道の出版事情」や「本づくりの電子化」など印刷業界と技術に特化したものだったが、いつしかその意識はより広義の「文化」を伝えることへと変化したという。
というのも1981年、当時まだ株式会社共同印刷だったアイワードは、のちに株式会社アイワードとして合併することになる「株式会社田上印刷」の経営再建に着手する。自社再建の手腕を買われ「袖すり合うも他生の縁ですね」と笑う奥山社長だが、この再建への取り組みが、当初の社会貢献意識をより強いものにした。
「やはり本体である事業を継続していくためには、社会から必要とされる会社にならなければなりませんし、そのための〈お返し〉を考えるべきです。そこで田上印刷の再建時にスタートさせたのが『月刊ニュースきょうどう』です。文化というのは、人間が一つの理想を掲げて、社会に対して取り組んだ行為の結果ですよね。営利目的ではない団体が取り組む広義の意味の文化活動に光を当てていく。少なくとも10年以上継続している活動を取り上げて広めていけないだろうか、という議論が社内で生まれました。それが『月刊ニュースきょうどう』や『季刊アイワード』としてふさわしいテーマだと感じたんです」
1993年、合併による社名変更と同時に名称を『月刊アイワード』にあらため、リーマンショック後の経営悪化による2010年の一時休刊まで発行を続けた。2009年にはこの功績が評価され「平成20年度北海道地域文化選奨特別賞」を受賞している。そして『月刊アイワード』休刊後、社長に就任した奥山氏のもと復刊の機運が高まり、ついに2019年4月、『季刊アイワード』として復刊した。
北海道の文化と出版印刷の可能性を伝え・残し・共有する——『季刊アイワード』
内容は月々1回の編集会議にて決定され、編集長を務める馬場さんを筆頭に、現在は13名で企画・編集にあたっている。取材記事のみ外部ライターに執筆を依頼するものの、企画の立案はすべて社員が手がける。時には取材先へと社員たちで赴くこともあり「いつもの仕事よりも部署関係なく交流できる」「ちょっと遊びに行くようで楽しい」と好評だ。わずか8ページの冊子とはいえ内容も非常に濃い。
①道内で長く活動する社会貢献団体を取材した「特集」
②シリーズ「北海道のジオパーク」(2024年10月号まで)
③社員の選ぶ道内出版本の紹介コーナー「ほっかいどうの本」
④道内出版社の「新刊情報」
以上、主に4つのコンテンツで構成され、企画から印刷、配布までを一貫して自社で行い、紙も工場在庫を再利用するなど印刷会社の強みを活かした手づくりの情報誌だ。中でも最終ページに掲載された道内出版社の新刊情報は、北海道の新刊を一覧できる唯一の媒体として、道内図書館の司書の方々にも重宝されているという。また、バックナンバーをPDF版とHTML版の両方で閲覧可能にすることで、読み上げソフトの使用に対応するなど、情報保障への配慮も忘れない。自社の価値観をさまざまな面で実践するものだ。
◼️北海道の知られざる文化的豊かさ
2024年4月号の特集テーマはヒグマとの共存、最新号は明治から続く千歳市の伝統芸能を取り上げる。こうした地域性あふれる多種多様な取材トピックはどこから得るのだろうか。
「北海道に暮らしていても知らないことが多くありますし、気になる話を見つけても新聞などのメディアでは記事スペースが充分ではない分、誌面では深い話も拾いたいという思いがありますね。私は主に大学の営業を担当しているので、先生方がおもしろい取り組みをしていると取材をお願いすることもあります」
市内の取材にはおおかた同行するという馬場さんによれば、意外にも身近なところに種がある。また内容だけでなく表紙の季節感も意識し、北海道らしさのある誌面にすることで、道外の営業先にも北海道の豊かさを伝えたいという。
特に最も多くのページが割かれている「特集」はこの冊子の核だ。企業柄、本や文学に関連するテーマも多い。ただ、どのバックナンバーに掲載された団体も、当該地域のコミュニティをかたちづくる「失われてはならない」重要な存在でありながら、そのことを知る機会は限られているものばかりである。そこでお2人に「最も印象に残っている特集記事」についてお聞きした。
◼️印刷は平和産業——「一般社団法人北海道被爆者協会」(2021年7月号収録)
2021年7月号の特集、「再び被爆者をつくらない—広島・長崎の悲惨な歴史を北海道で語り継ぐ一般社団法人北海道被爆者協会」をあげてくれたのは編集長の馬場さんだ。2024年ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(通称:日本被団協)の構成団体である、北海道被爆者協会が取り上げられている。
「会員の皆さんは主に小学校や中学校などに赴いて自らの被爆体験の語り部活動をされています。みなさん高齢となり展示用のパネルを積んで車で移動するなど大変なことも多いようです。証言を収録した書籍やDVDも制作されていますし、YouTubeでも視聴できることができます。また、2017年には「被爆二世プラスの会北海道」が発足し、50人程が活動に参加しています。この特集は、事務局の方と面識があったというご縁もあり取材を申し込んで実現したので印象深いですね」
初めは「なぜ北海道で被爆者が?」と不思議に思った馬場さんも、取材に同行し被爆者らの声を聞く中であらためてこの活動を紹介したいと感じたという。残念ながらメンバーの高齢化も要因となり2025年3月で解散が決定しているが、1991年に札幌市白石区のJR平和駅連絡口の目の前に開設された「北海道ノーモア・ヒバクシャ会館」は札幌にある学校法人に引き継がれることが決まっている。あまり知られていないであろう道内の被爆者たちのあゆみと、60年を超える原水爆禁止運動に光が当てられた。まさにこうした地方の取り組みも含め、日本被団協がノーベル平和賞を受賞という大きな成果につながったのかもしれない。そう感じさせる内容だ。
そもそも長年、多くの若手社員が自発的に「原水爆禁止世界大会」へ参加するなど、アイワードの社員にとって平和活動は身近なものだという。やはりこうした社内風土が企画を育てるのだろうか。そう私がつぶやくと奥山社長は「印刷業は平和産業です。平和のバロメーターですよ」と明言し、自社のルーツに由来するもう一つの価値観について語ってくれた。
「実は以前再建を担当した1945年創業の田上印刷は、第二次世界大戦中の1942年に下された企業整備令[1]によって前身が廃業し、終戦後に再出発を果たした会社でした。印刷機械が鉄砲玉に変わった時代ですね。同様に1994年から再建に着手した興国印刷も、明治40年創業という事業規模の大きい老舗ゆえに、軍事機密である地図などの印刷を余儀なくされ、愛国工場として稼働した過去を持っています」
本づくりと並行してきた他社の経営再建。この2社との関係は、印刷と出版を担う同業者として思わぬ教訓をもたらした。「平和であることがなによりも大事です。でなければ我々は商売ができませんし、ここが私たちの基本です。言論と出版の自由が奪われてしまうと大変なことになりますが、その一翼を担うのは印刷業ですから」
『季刊アイワード』は、自社らしい社会貢献活動の一つのツールとして生まれた。そこには創業から現在に至るまでに築かれた企業の価値観や歴史、北海道で育まれた人や文化、そして未来に向けた想いが編み込まれている。
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[1] 事業の譲渡・廃止・休止・禁止を命じる権限を商工大臣に与えた勅令。遊休設備をもつ民需産業を軍需産業へ転換させることを目的として公布された。
北海道を豊かな情報発信の場に。10年、そして100年の継続をめざして
「季刊アイワード」は、2021年に企業メセナ協議会「This Is MECENAT」に認定され、2024年10月で通巻369号となった。また、アイワード自体も今年で再建から50周年を迎える。取り組みの今後について聞いてみた。
「とにかくやめずに、一度手をつけたものはまず10年続ける。100年続けてはじめて〈歴史〉です。特に我々のような中小企業のほうが全国区の企業よりも地域に密着しているわけですから、やれることはたくさんあります。本づくりでも、メセナ活動においても、北海道が豊かな情報発信の場所になることが必要です」
奥山社長の見据える未来は明るい。近年、企業メセナ活動の目的の多くを「地域の振興」や「地域社会との関係づくり」が占め、実施企業の約60%が東京以外に所在を持つことを考えれば[2]、地方企業によるメセナ活動はより重要性を増すだろう。編集長の馬場さんも印刷業ならではのさらなる情報発信を目指す。
「取材をすると普段見えてない面を知ることができて、それが学びになりました。さらに活動をさまざまな人に知っていただいて、またそこから新しいつながりが生まれていけばいいなと願っています。印刷会社の強みである、コンテンツをきれいに伝わりやすく見せる力を活かしながら、なるべくリアルなものにこだわって取り組んでいきたいですね」
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[2] 企業メセナ協議会「メセナレポート2023」より
取材を終えて
今回の取材では『季刊アイワード』という冊子をメインに紹介する予定だったが、活動の素地となっている創業の歴史から地方企業としての展望まで、さまざまなお話をうかがうことができた。8ページ目をめくったその奥にある、企業の歴史や価値観、想いのさらなる〈厚み〉を感じた。これから50年、100年企業となるその日まで、事業が継続することを切に期待したい。そして本稿が、地方企業の文化振興の重要性を理解する一助になれば幸いである。
取材先:株式会社アイワード
・本社(〒060-0033札幌市中央区北3条東5丁目5番地91)
・石狩工場(〒061-3241 石狩市新港西3丁目768番地4)