「過ぎゆくもの」を包み込む赤煉瓦のぬくもり
東京ステーションギャラリースペシャルコンサート「赤煉瓦のぬくもりの中で」
1日目「過ぎゆくもの〜色と音が遊ぶとき
〈旅〉をテーマに様々な国と時代の歌を」
会場:東京ステーションギャラリー
原亜由美[メセナライター]
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東京ステーションギャラリーの開館は1988年。「駅を単なる通過点でなく、香り高い文化の場に」というコンセプトのもと、駅の美術館という異色の存在として注目を集めてきた。東京駅復原工事を経て2012年10月1日にリニューアルオープンし、文化の場として独特の存在感を醸している。
銀杏色づく晩秋、ギャラリー内で開催されるコンサートを訪れた。
このコンサートは1日目、2日目と内容が異なり、私が鑑賞した1日目は、銅版画家・山本容子氏のお話と、波多野睦美(メゾ・ソプラノ)、河野紘子(ピアノ)の演奏による「過ぎゆくもの〜色と音が遊ぶとき 〈旅〉をテーマに様々な国と時代の歌を」と題されている。
開演に先立ち、青木邦雄副理事長がご挨拶のなかで、「会場の赤煉瓦の壁は、1945年の空襲で被害にあっても残ったものだ」と語られた。赤煉瓦のところどころに煤色の部分があるのが見てとれる。1914年開業の東京駅は昨年2014年に開業100周年を迎えた。赤煉瓦は、東京駅100年の生き証人でもある。
コンサートは、タイトルとなった『過ぎゆくもの』についての山本氏のお話で幕を開けた。山本氏は、さいたま市の鉄道博物館(2007年10月14日開館)にあるステンドグラスの大作『過ぎゆくもの』を制作されている。山本さんの親交のある10人の作家や研究者に、鉄道にまつわるエッセイを書き下ろしてもらい、それを題材にして10点のステンドグラスが生まれた。そこには現代の鉄道絵巻さながらに、鉄道のロマンと躍動感が鮮やかに再現されている。
赤煉瓦がたくさんの記憶を持っていると知ると見方も変わってくる。このステンドグラスのなかにも人生のいろいろな時間が含まれ、十人十色の鉄道にまつわる記憶が連結してひとつになっているのだ、と山本氏は語られた。
ステンドグラスは光とのコラボレーションで、そこに記憶という時間の軸も交差しているのだ。今回のコンサートは「過ぎゆくもの」の世界観を音楽で表現するので、さらにコラボレーションが幾重にも層になる。音楽に包み込まれる予感を感じさせるお話であった。
お話の余韻を引き継ぐように、ゆったりとした雰囲気の「ムーンリヴァー」で演奏が始まった。「G線上のアリア」「菩提樹」「郵便馬車」「愛の小径」といったクラシックの名曲が披露され、その後は「この道」「星めぐりの歌」などの10曲によって、記憶に満ちた10枚の絵を立体的に浮かび上がらせる構成で、音につられて色彩が踊りだすような感覚で胸がいっぱいになった。副題の「色と音が遊ぶとき」という言葉そのもので、波多野さんと河野さんの素晴らしい演奏の賜物である。
この後アンコールで2曲、最後は波多野さんの独唱で終えられた。旅の終わりの名残惜しさと充足感を感じさせるような、印象深いコンサートだった。
終演後、出演者と関係者の方々にお話を伺った。
波多野さんは山本氏とコラボレーションを何度もされており、今回も選曲を担当された。『過ぎゆくもの』というテーマについて、音楽自体が時間の経過で成立していることを意識したという。「絵は過ぎないけれど音楽は過ぎるもの。容子さんの絵は静止したなかに動いているものを感じられるというか。『過ぎゆくもの』とは少し切ないタイトルだけれど、ステンドグラスを見て光を感じ、いろんな方向から選曲できる、と捉えました」。波多野さんの父親も鉄道員で、ご家族で鉄道博物館を訪れたとのこと。郷愁的な温かみのある選曲は、こうした縁も生かされているように感じられた。
音楽ホールとは異なる環境での演奏については、「100年以上歴史のある煉瓦に囲まれて同じ頃に作られた曲を演奏し、曲の世界に溶け込めた瞬間が感じられました。時々聞こえる電車の音や振動も演奏の一部のようで、演奏する側から見ても煉瓦の存在感が温かく、煉瓦も観客の一部となって見守ってくれているようでした」と語ってくれた。
コンサート運営企画会社の東京コンサーツ飯塚幹夫社長は「駅という雰囲気のある場所なので美術だけでなく、音楽も演奏できることを嬉しく思います。クラシックは敷居が高いと思われがちだが、ふだんの通勤通学で利用している駅で音楽を体験できたら素晴らしいのではないかと思っていました。こうした場所を提供いただいたJR東日本と東日本鉄道文化財団には感謝しています」と話す。
東日本鉄道文化財団の石川晃事業部長と山本典子担当課長にもお話を伺った。「美術館はアートを飾るだけじゃなくていろいろな使い方があっていい。美術館に親しんでもらう層を広げていきたいと思う」と石川さん。山本さんは「版画や音楽のファンの方で、ここが美術館だと知らないで来てくださった方も。新しい方々に東京ステーションギャラリーの魅力を感じていただけたのでは」とのこと。
この日は、JR東日本の以前の鉄道員の制服生地だったという濃紺の布で装丁された書籍『過ぎゆくもの』の特別版が来場者に贈られた。ここには山本氏のアートワークと珠玉の10編の物語が収められている。コンサートの余韻を感じながら、再び作品世界を向き合えるという、観客への粋な計らいだ。
本来、駅とは目的地になり得ず通過点であるもの。けれども東京駅は「過ぎゆくもの」を受け止めるターミナルの包容力に満ちていて、その象徴として赤煉瓦のぬくもりとともに東京ステーションギャラリーがあるように感じられた。
2015年11月28日訪問
(2016年2月29日)