キヤノン株式会社「写真新世紀」(公募コンテスト)

写真で何ができるだろう? 写真でしかできないことは何だろう?

新しい写真表現に挑戦する若手アーティストの登竜門:キヤノン「写真新世紀」(公募コンテスト)

阿部千依[メセナライター]

代官山ヒルサイドプラザにて、第38回(2015年度)キヤノン「写真新世紀」のグランプリ選出公開審査会が行われた。1,511名の応募の中から6名が優秀賞を受賞し、公開審査に臨んだ結果、《Made of Stone》を制作した迫 鉄平さんのグランプリ受賞が決まった。

「写真新世紀」では、各審査員が推薦する一人の作家を選び、作家自身によるプレゼンテーションや展示による審査を経て、合議の上に最終的にグランプリを決定するという選考方法がとられている。この緊張感あふれる公開審査会と若手写真家の育成にかかわってきた「写真新世紀」担当者とのインタビューをレポートしたい。

100名の聴衆が見まもる中、アーティスト自身によるプレゼンテーションでは、写真との出会いや、写真への姿勢、作品展示に込めた意図が、彼ら自身の言葉で直接語られる刺激的なライブ会場となった。特に印象的だったのは、作品が彼ら自身の人生に深く関わっているものだという魂の訴えのような言葉が語られたことだ。

CGや映像クリエーターの松本卓也さんは仕事としてバーチャルな空間を日々制作しているが、「コンピュータの世界に浸食されるような感覚があり、外の世界に出て写真を撮ろうと思った」と撮影のきっかけについて語った。また沖縄出身の新垣隆太さんの「写真の強さを感じられる作品を選んで応募した」という発言には、審査員の澤田知子さんから、「ではなぜそれぞれ意匠の違うフレームに入れこんで写真を展示したのか、フレームなしで壁に直接貼るなどほかの展示方法は考えなかったのか」という問いかけがあり、作家の成長の機会となっていると感じた。

グランプリ受賞作《Made Of Stone》は17分の動画作品

グランプリ選出公開審査会から数日後、あらためて「写真新世紀」の3名のご担当者にお話をうかがった。

「写真新世紀」は写真表現の新たな可能性にチャレンジする若手写真家の発掘と育成を目的とした公募展として1991年に始まった。
木村純子さん(CSR推進部長)から「キヤノンはカメラを製造するメーカーであり、写真文化には高い親和性があります。カメラからプリントまで、つまり入力から出力まで実現する製品を持つ会社ならではの強みもあり、写真文化の向上に寄与したいと考えています。新しい写真表現に挑戦するプロを目指すアーティストを発掘し、育成していくという気持ちを常に持ち続けています」と「写真新世紀」の意義についてお話いただいた。

歴代の受賞者には大森克己さんやヒロミックスさん、蜷川実花さんらがおり、現在写真・映像分野で活躍するアーティストを多数輩出している。
グランプリ受賞者には、個展の開催の機会も提供されるほか、機材の貸し出しや個展・展覧会でのプリント出力支援、ウェブサイトでの活動インフォメーションの広報など、プロとしての作家活動を引き続き支援している。

 

代官山ヒルサイドテラスでの展示風景。公開審査会では審査員からどうしてそのような展示で作品を表現したのかという質問が相次ぐ。

 25年を迎えた「写真新世紀」にとって、今年は転機だったという。今回からフィルム作品はもちろん、静止画・動画を含むデジタル作品も対象とした。オンラインでの応募も可能となったことでますます国際的にも開かれ、写真表現に挑戦する若手アーティストの発掘・支援活動となった。

動画応募に踏み切ったきっかけは、デジタルカメラに動画機能が搭載され、作家たちは両方の分野を行ったり来たりしながら作品を制作している一方、審査の対象が写真・静止画像だけではナンセンスだと思い、隔たりをなくした新しい写真表現を追及したいと考えたことだった。
「それはキヤノンだからできることだと思い、3年かけて検討を重ねて、今回動画応募を可能にしました。どういう仕組みを整えていくか、担当者側にとっても挑戦であったし、実際に応募を受け付けていく段階で課題ももらいました」と「写真新世紀」を長く担当する高橋淳子さん(CSR推進部、文化支援推進課)は振り返る。

 

 

三田健志さんの作品は冒険家大州奏の経験がモチーフ。インターネットで検索した画像をプリントした作品がならぶ。
(下左)大州奏が世界中の土を集めて焼いたという土器。(右)作家のポートフォリオが閲覧できる。

 デジタル作品の応募を可能にしたことで、実際に半数以上(およそ800点)はオンラインによる応募で動画が60点ほどあった。デジタルデータだけを提出する作家をどう評価するか、出力してポートフォリオとしたものの体裁を含めて作品として評価したいなど、審査員の中で議論もあったという。
「動画作品が加わったことで、審査の対象にもなる展示の方法においても作家の意識や意図に新しい要素が出てきます。キヤノンがどこまで作家の表現を具体的に実現できるのかとも考えるきっかけになった」と高橋さんは振り返る。

かつては写真をカラーで大きく引き伸ばすこと自体が夢のまた夢という時代だったが、アウトプットも意識して写真を撮る時代になってきた。実際に作家とのやりとりをしながら、アーティストの表現を技術的にサポートする過程で、新しい技術の開発もみえてくるのだという。
そういえば、公開審査会に駆けつけた、2015年にグランプリ受賞者・須藤絢乃さんがスピーチの中で「高橋さんは自由な作家たちに慕われている母のようなありがたい存在」といっていた。高橋さんらは、「写真新世紀」でかかわった作家たちのその後の活躍も注視している。審査会当時はライバルであった「写真新世紀」出身の作家たちが、仲間となって横のつながりを形成し、共同展への展開につながることもあるという。

審査会を振り返り、益田眞知さん(CSR推進部、文化支援推進課、担当課長)は「動画作品がグランプリを受賞したことで、動画も写真の連続という認識に収まっていくのではないかと思います。審査員や事務局を含め、全員がそういう時代の空気感を感じ取っていたと思います」と語る。グランプリを受賞した迫さんの作品は、動画というよりも、長く引きのばされた日常の連続の中に、表現したい気づきが現れている静止画の連続のようであった。

なによりも印象的だったのは、担当者たちが「アーティストに、まだ見たことがない新しい写真表現を見せてほしい」と純粋にワクワクしながら応募作品を受け付けているということだ。アーティストには新しい表現に挑戦してもらいたい。それをサポートする「新世紀」でありたいという。

 

驚くような新しい写真表現が出てくることを期待しながらも、キヤノンの技術力と製品開発力に強く裏付けられた着実な企業メセナであると実感した。

2015年12月12日訪問
(2016年3月3日)

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