新しい美の巣立ち、art egg
原亜由美[メセナライター]
資生堂ギャラリーで行なわれるshiseido art egg(以下art egg)は、2016年の開催で第10回を迎えた。「新しい美の発見と創造」というコンセプトに基づき、ジャンルにとらわれない現代アートの新進作家公募展として、その存在感は確かなものとなっている。art egg入選者が顔を揃えるオープニング・レセプションを訪ねた。
オープニング・レセプションにて 左から川久保ジョイさん GABOMI.さん 七搦綾乃さん
art eggは3名の入選者が、それぞれ資生堂ギャラリーで3週間の個展の機会を与えられ、それが最終審査の対象となって大賞が決まる。今年の入選者は川久保ジョイ〈インスタレーション〉、GABOMI.〈写真〉、七搦綾乃〈彫刻〉という顔ぶれだ。
川久保ジョイ展 2016/2/3(水)~2/26(金)
オープニング・レセプションの前に、art eggのトップを飾る『川久保ジョイ展』を観ることができた。彼の展示は、さまざまなメディアのインスタレーションで構成されている。金融トレーダーであった経歴から、日本経済の見通し推移をギャラリー壁面に現出させた作品は、壁面を研磨して制作された。自身のバイリンガル性を扱う映像作品がある一方で、福島の土中に埋めたフィルムを引き伸ばした写真プリント作品や、香りの作品など、メディアもテーマも多岐にわたる展示でありながら、全体に心地よい統一感があった。彼のパーソナリティを集約した展示は、キュレーションの確かさに裏打ちされている。art eggは、新しい才能とキュレーションの組み合わせの妙こそが魅力であるのだ。
川久保ジョイ展ギャラリートーク
この点について、入選作家が異口同音にその頼もしさを語る。
GABOMI.さんは、コンテンポラリー・フォトの新しい技法として、2011年に自身が考案した「手レンズ」のシリーズを世に出したい思いからart eggに応募した。「art eggは、公募展の作家でも企画展で招聘された作家の方と同じように、丁寧に展覧会をつくってくださいます。作家は展示で“期待と信頼”の2つを意識します。期待に応えられるかの不安も時にありますが、自分自身とキュレーターさんで信頼を分かち合えると、展示の強さにつながると思います」。
GABOMI.展 2016/3/2(水)~3/25(金)
七搦さんは、自然素材を用いた彫刻を制作している。過去の入選者の先輩に勧められて、art eggに応募した。その際、キュレーターと二人三脚で進める展示のやり方についても聞いていたという。「太陽の光や風といった自然物に欠かせないものが届かないギャラリー空間で、自分の普段抱えているものを展示すると、どう見えるだろう?ということに興味があります。自分でやる個展だと、自分が見せたいことしか考えないところがあるので、今回の展示は客観視ができそうです」と語る。
七搦綾乃展 2016/3/30(水)~4/22(金)
応募する側としてのart eggの魅力を川久保さんはこう語る。「作品を展示制作するときのサポートがしっかりしていることです。資生堂の企業活動が培ってきた幅広い層に届く広報的な部分も魅力です。どんなプランでも、まず相談に乗ってくれる。賞金額がもっと高い公募展もありますが、金額に換算できない価値ですね」。
三者三様のフレッシュな個性を温かく見守る伊藤賢一朗さんと大竹かおりさんにも、後日お話をうかがった。お二人は企業文化部でキュレーターを務めている。
資生堂のメセナ活動におけるart eggの役割について、伊藤さんは語ってくれた。「資生堂は、初代社長の福原信三以来、アートに関わることで得たものを自社のプロダクト・デザインや広告表現などに活かし、社内の感性に還元してきた会社です。
art eggは、新進作家を支援し後押しすることと企業活動とを間接的に結びつけていくという、資生堂がこれまで歴史のなかで培ってきた文化的な体質が一番象徴されている活動ですね。今後も作家を自分たちの目で見出していきたいと思います。そしていわゆるハイ・アートだけでなく写真やデザイン、ファッションのような私たちの日常生活により近いアートとのつながりも意識していけたらいいなと思っています」。
大竹かおりさん、伊藤賢一朗さん
大竹さんにはart eggの特徴についてうかがった。「他の公募展にあまりない特徴として、入選作家がギャラリー全体を使って個展ができることがあります。また、応募当初のプランは、展示にあたり試行錯誤するうち、新しいプランに変わっていきます。そこで、アーティストとキュレーターとのコミュニケーションが大事になってきますし、それが共に成長できる刺激になっていますね。art eggを巣立って羽ばたいていく作家の活躍も楽しみです」。
新進作家との展示制作の様子を、伊藤さんは「作家からはプランに対して次から次へと発想が出てきます。悔いのないように、自分のすべてを発揮したい、という強い思いもある。対して、こちらは作家のどこをピックアップして社会に提示していくかというせめぎ合いですね」と話す。その具体的な方法として、大竹さんは「銀座という立地上、ビジネスマンをはじめさまざまな方がいらっしゃるので、何の予備知識もない方が観ても伝わるか、ということをいつも念頭に置いています。会場に置く解説シートを工夫したりしています」と教えてくれた。お二人が、作家とのやりとりを楽しんでおられる様子が印象的であった。
GABOMI.展レセプション
GABOMI.展 ギャラリートーク
大竹さんによると、art eggは今回の第10回をひとつの節目として、継続を前提に応募要項などの見直しを検討中とのこと。本来アートは領域横断的であるが、その領域の捉え方も10年前とは変化しているという点も視野に入れている。伊藤さんは、時代の中でアートの領域を捉えるということは、対作家だけでなく、資生堂の芸術・文化支援の視野を社会に対してオープンに伝えていくことでもあるという。「アートと人々の日常生活の間をつないでいくことが、資生堂の芸術・文化活動に期待されている役割なのかな、と思っています。そういう意味でも、もっと未来を見据えた私たちの生活との関係性が見えてくるようなアートを、今後のart eggでも紹介していきたいですね」。
七搦綾乃展レセプション
七搦綾乃展ギャラリートーク
art eggは新進作家の道を拓くだけでなく、アートの領域と企業の役割について、能動的かつ現在進行形で社会と対話を試みる機会となっている。展覧会に向けての作家とキュレーターの対話が、アートと社会の回路を開く導線として機能し、展示はアートの現在地から未来を展望する期待感に満ちている。3年後に開設100周年を迎える、メセナの老舗たる資生堂ギャラリーと新しい才能の邂逅であるart egg。時代の先取りや変化に常に柔軟であることが、資生堂がメセナにおいて老舗たる由縁なのだと感じた。
(2016年4月15日)