メセナアワード2010 文化庁長官賞受賞

音を創造する企業として自らを表現するメセナ

井谷憲次 TOA株式会社 代表取締役社長

―「メセナアワード2010」での文化庁長官賞受賞、誠におめでとうございます。
ジーベックホールを活かし地域に密着した活動が評価されました。

ありがとうございます。当社は神戸で生まれ、育ってきた会社です。須磨区で創業し、宝塚に工場を設けた後、ここポートアイランドに本社を移したのが1989年のことです。ボートピア博覧会の跡地をファッションタウンにしようということで、アパレルを中心に鋳々たる企業が集まりましたが、音で空間を演出しているわれわれもファッションの一端を担うものだろうとの考え方でした。経営的には厳しい時期でしたが、当時の社長が英断をしまして、そのときに本社とあわせてホールをつくった。これには皆驚きましたね。ですが、そのジーベックホールをつくったことがメセナに参加する大きなきっかけとなりました。音を生業とする会社として情報発信していこうと、音環境を整えて、音楽を志す方々や、音に関する新しい取り組みを行う芸術家の方々に使っていただくことから始めました。普通、ホールを持てば商業ベースに乗せようとするのでしょうが、そういう発想がまるでない。それよりもいかにさまざまな音の感性を紹介できるかという考え方でやってきましたから、ずいぶん実験的な企画がありましたね。テルミンとか、これが楽器なのかと驚いたものです(笑)。
そうした活動を評価いただいて95年に「メセナ大賞」をいただいたのですが、本当に私どもでいいのかな、との思いもありました。それでも阪神・淡路大震災があった年で本当につらい時期でしたから、大変ありがたかったですね。なんとか復興の一歩を踏み出そうとしているわれわれを応援くださったものでしょうし、それが励みになって活動を続けてきたことが、今回の文化庁長官賞に結び付いたのだと思います。

―子どもを対象とした多角的な音楽プログラムを展開しておられます。

「TOA Meet! Music! Concept」は小学校低学年から大学生まで、子どもの成長段階にあわせて音との出会いをつくっていきます。音というのは感受性にかかわりますから、小さいころから音に触れることがすごく大事です。楽器をやる方でも声楽でも、音楽をやっている人は幼いころからどこかで接点がありますね。ジャズやロックなどジャンルはなんであれ音としては同じですから、さまざまな音に出会う環境をいかにつくっていくか、底辺を広げていくこともわれわれの重要な仕事です。最初はよくわからずに参加していた子どもたちも、徐々にひとつの音楽なりコンサートなりかたちとしてできていくと楽しくなってくる。そのプロセスを体験することがとても大切だと思います。すでにできあがった音楽を聞くだけではなく、自分で想像し考えながらつくっていく。そうした考えるカをつけるうえでも音楽は役立ちます。

ものづくりも同じで、発想が大事です。スピーカーは音を伝える道具であって手段です。道具を通じて出た音によってどういう空間を演出するのか、それで人の心の中、頭の中にどんな変化が起きるのか、音を商いにしているわれわれは想像しなくてはなりません。同人が認知する音は10人ともちがいます。同じ音でも心地よいと思う人がいれば、そうでない方もいる。感性ですから。どういうシチュエーションで求められている音なのかをイメージしてチューニングし、お客様に満足を買っていただく。

―音を創造する企業として経営におけるメセナの意義をどのようにお考えですか。

メセナは経営のひとつです。われわれはこういう会社です、という表現なんです。取ってつけたような活動では、どこかで重くなって続けられなくなる。ですから今回の受賞は、普段の姿で続けてきたことを認めていただけたのがうれしいですね。「継続は力なり」を社訓としていますが、活動を継続できることがありがたい。ジーベックホール含めスタッフ皆のおかげだと思います。何事もやめてしまうとそれまでです。また一からつくりあげなくてはならない。大きなことはできませんが、規模は小さくても会社があるかぎり活動も続ける、それが音にかかわる会社としての使命だと考えています。子どもたちが大きくなって神戸から離れたとしても、TOAのプログラムに参加した思い出は心に残ります。そのときに感じた音楽の楽しさは、また次の世代に引き継がれて広がっていくでしょう。それが神戸からの発信なのだと思います。

[聞き手・構成:萩原康子]


いたに・けんじ

1951生まれ。1976年東亜特殊電機(現TOA)入社。営業本部物流部長、東日本営業統括部長、SCM本部長・オーディオ開発本部長等を経て、2009年代表取締役社長就任。好きな音楽はジャズ、アメリカン・ポップス。熱烈なタイガースファンでもある。

 

メセナアワード2010 文化庁長官賞受賞

TOA株式会社
音楽による次世代育成の多角的活動―TOA Meet! Music! Concept―

●本社屋内のジーベックホールを拠点に、音楽を中心としたメセナ活動を展開。「TOA Meet! Music! Concept」では、4つの音楽体験プログラムと保護者の意識調査を組み合わせた複合プロジェクトを行う。
●小中学生には、音楽との出会いや仲間と参加する楽しさを知るワークショップ。近隣中学校2年生を対象とした職場体験制度「トライやる・ウィーク」では、一週間で生徒とアーティストが音楽作品を創作し、コンサートを開催する企画を実施。
●「神戸JAZZ」では、中高生が出演者やスタッフと連携してコンサートを制作。専門学校・大学生には「匠ワークショップ」として、音楽のプロの技を伝えている。●自社ホールやスタッフのスキルを活かし、NPOや教育機関と連携して運営する。音楽による次世代育成に地域ぐるみで取り組んでいる。

TOA Music Workshop「こころのリズム、カラダのきもち」神戸市内の小学校で行われた打楽器チャンゴとコンテンポラリーダンスのワークショップ

2010年度トライやる・ウィーク「島っ子 サウンド・ダイアログ」練習風景
石、竹など自然物の音、吹奏楽器を使った即興音楽劇を創作

「島っ子 サウンド・ダイアログ」終演後の集合写真。衣装協力を得たワールドのチームとともに

2010年度トライやる・ウィーク「島っ子 サウンド・ダイアログ」 石、竹など自然物の音、吹奏楽器を使った即興音楽劇を創作

2009年度トライやる・ウィーク「島っ子!チャンゴ!Here we Go!」打楽器チャンゴと吹奏楽器によるコンサート

「音楽と教育の意識調査」の結果をまとめた冊子

「神戸JAZZ2009」オリジナルバンド「神戸JAZZオーケストラ」のメンバー

「神戸JAZZ2010」プロと生徒の合同ステージ

 

企業データ(2010年3月現在)
本社所在地:兵庫県神戸市
業種:電気機器
創業年:1934年
資本金:52億8,000万円
従業員数:2,710人(連結)
URL:www.toa.co.jp/mecenat/

『メセナnote』68号掲載(2011年3月15日発行)

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