「未来を楽しむ」ために。震災復興支援GBFundの成果
中野昭子[メセナライター]
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芸術・文化活動への助成を通して震災復興を応援する基金・GBFundは、東日本大震災が起こった直後の2011年3月に立ち上げられた。企業メセナ協議会が運営するこのファンドは今年で5年が経過し、新たな局面を迎えつつある。
私は東日本大震災の際、募金というかたちで復興支援を行ったが、お金の使途としては、現地の人が必要とする物資の購入しか思いつかなかった記憶がある。芸術・文化を支援する場合、すぐに結果が目に見えるものばかりではなく、意外なところに波及して未来への布石となるものもあるので、経過を持続的に確認することが重要だ。GBFundによる支援開始から5年たった今、成果を知るにはよいタイミングであると思い、今回の報告会に参加した。そして5年という期間の中で、私の想像を超える、切実で熱を感じさせるプロセスがあったのだと分かった。
報告を行う大澤寅雄氏
報告会は、ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室/准主任研究員の大澤寅雄氏と、企業メセナ協議会GBFund担当の佐藤華名子氏による検証結果報告で開始した。助成した活動内容は、ファンド設立当初は「心のケア」が多く、時間の経過とともに「中長期にわたる活動」や「社会創造につながる」ことへシフトしていったそうだ。支援が長期化するにつれ、地域社会の結びつきを重視し、よりサステナビリティを強化できる活動に注目していった経過がうかがえる。
支援の結果としては、5年間の寄付金額の総額は1億51,339,173円(16年7月13日現在)で、企業メセナ協議会の事務対応が「良かった」という回答は89.6%だった。申請して採択されれば1か月後には助成金が得られるスピーディさは、多くの団体にとって救いになったことだろう。検証結果報告は右の「GBFund報告書2011-2015」をご参照いただきたい。
山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局の畑あゆみ氏によれば、本映画祭は震災後、東日本大震災の記録映画の上映会を実施し、フィルム・アーカイブに着手。生きたアーカイブを目指し、巡回上映などを行って上映機会を増やす努力を重ねている。映像をアーカイブに登録する際は、別のアーティストが新しい作品の材料として使用できるように、作家の許可を得るとのことである。 次に、GBFundが助成した活動を伝えるべく、二人のプレゼンターが登壇した。
山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局 畑あゆみ氏
三陸国際芸術祭を紹介したのは、NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク エグゼクティブ・ディレクターの佐東範一氏。自身がダンサーであり、「芸能は、人と人とを結びつける大きな装置になりうる」と語る佐東氏は、世界に通用するものとして三陸の芸能を広げていきたいと語った。
NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク 佐東範一氏
報告会全体のキーワード「アーカイブ」が登場したところで、パネルディスカッションが始まった。モデレーターに大澤氏、パネリストに佐東氏、畑氏に加え、リアス・アーク美術館学芸係長の山内宏泰氏、(公社)全日本郷土芸能協会事務局次長の小岩秀太郎氏、(公財)セゾン文化財団常務理事の片山正夫氏を迎えた。
まず大澤氏が、「東日本大震災で津波の被害を受けた地域は、かつて大きな津波が何度も起きている。過去の経験が伝えてきたものを、今回の震災で活かせた部分もあると思う。もし活かせなかったことがあるとすれば、そこから見えてくるアーカイブの重要性は何か」と質問。それに対し山内氏は、時代の変遷とともに、アーカイブにふさわしい媒体や人の認識のしかたが移り変わることから、「重要なのは、対象や事柄によって伝える媒体を選ぶ」ことであるとともに、「100年後も200年後も変わらない方法を考えるべき」と語った。また、郷土芸能はかたちを変えずに続いてきたこと、地震や台風などの自然現象は、日常生活にダメージを及ぼす瞬間に災害と名づけられることを指摘した。
リアス・アーク美術館・山内宏泰氏
郷土芸能は、身体を通じて継承していくものであり、過去の知識や経験をアーカイブするのに有効である。また、自然の脅威を身体感覚で体得していれば、自然現象に対して敏感になる。そうであれば、郷土芸能の体験や鑑賞を通して身体性を体感することは、自然現象が災害化する前に対処する力を育てうるといえるだろう。身体を媒介する郷土芸能は、「生きたアーカイブ」と呼ぶにふさわしい。
続いて佐東氏は、郷土芸能に関し、「プロのダンサーが動きを分解することで正確なかたちがわかったが、果たしてそれがよいのか。口伝により、またそれぞれの身体性により、違ったものになっていくのも面白い」とコメント。小岩氏はそれを受けて、「プロが入り、映像が記録されることで、一つの型にはまってしまう可能性がある。しかし新しい人や知恵による気づきや希望もある」と発言。郷土芸能が外の世界に開かれる可能性を示唆した。
(公社)全日本郷土芸能協会・小岩秀太郎氏
そして話題は、今後の支援のあり方へとシフトした。山内氏は、地元で進む新しいまちづくりの状況に言及。目の前の問題の処理を優先するあまり味気ないものになることを危惧しており、住民の思いを反映した楽しいまちにするためには「未来を楽しむための何か」を考えることが重要だという。そして機が熟した時にそのアイディアを放出し、叶えるためにも支援は欠かせないと語った。畑氏は、これからの震災復興支援に求められるものとして、継続的な支援とネットワークの構築の必要性を挙げた。
「未来を楽しむ」にはどうすれば良いか。それにはまず、被災地の人が活き活きとしたまちづくりのプランを持つことと、それが実現可能だと信じられる環境をつくることだと思う。その上でアーティストには、自分が考えたアートを持ちこむのではなく、住民の意図をくみ取り、協力してまちづくりを行うことが期待される。
(公財)セゾン文化財団常務理事・片山正夫氏
将来の課題としては、片山氏が、「GBFundは、当初の津波で流されたものの修復や復元、慰問などの支援から、アーカイブなど中長期的な展望を持ったプロジェクトを重要視するようになった。しかし寄付が減ってきたこともあり、活動自体の基盤を強くすることができていない。例えばJCDNのような中間支援組織の支援はとても大事で、これは日本の文化政策も真摯に取り組むべきことだ」と指摘した。
ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室/准主任研究員・大澤寅雄氏
最後の交流タイムは、助成金を受けた団体と話ができる機会だった。会場には、さまざまな支援を経て国登録有形文化財に認定された映画館・朝日座や、鎮魂の念仏祭り「じゃんがら」を支えるTSUMUGU PROJECTなどの9団体が出展。GBFundが幅広く未来へ向かって支援を行っていることがありありと伝わってきた。
被災地で生きていく決意をした人が「未来を楽しむ」ためには、理想を具現化するための経済基盤が必要で、支援が欠かせない。特に伝統芸能などの芸術・文化が途絶えないよう努力している場合、現状維持に留まらず、発展を望んでいるはずである。芸術や文化は、最適なタイミングで十分な支援がなされれば、支えてくれた人々を報いるかたちで開花し、予想のつかないような未来を提示する可能性があるのではないかと思った。
2016年7月14日 電通ホール
(2016年9月20日)