アーティストが住みやすい国オランダに学ぶユニークな文化政策
阿部千依[メセナライター]
世界一アーティストが住みやすい国と称されるオランダ。そのユニークな文化政策に学び、日本の文化振興の取り組みについて報告し、国やセクターを超えたネットワーク構築をはかる機会として「オランダ×日本|文化政策意見交換会」が開催された。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、文化庁は20万件の文化プログラム実施を目標に掲げており、国、東京都とならび企業メセナの動きが注目されている。企業メセナ協議会の尾﨑元規理事長は、2020年を一つの契機として、企業・行政の働きを加速させ、文化による地域創造を目指す仕組み「Creative Archipelago(創造列島)」を展開し、世界の多様な文化との交流もはかっていきたいと発言した。
続く文化庁次長・有松郁子氏は来賓挨拶で「オリンピックはスポーツと文化の祭典。国だけでなく民間と連携して文化プログラムを行っていきたい」と述べ、協議会の加藤種男専務理事は「Creative Archipelago」により「2020年にとどまらず、その先の未来に向けた芸術・文化への取り組みを行うことが重要」と強調した。
オランダからはアムステルダム副市長カイサ・オロングレン氏、ゴッホ美術館館長アクセル・リュガー氏、そしてオランダ在住のアーティストである向井山朋子氏を迎え、日本からはニッセイ基礎研究所研究理事吉本光宏氏がプレゼンテーションを行った。後半のディスカッションでは加藤専務理事がモデレーターを務めた。
【文化都市アムステルダムに学ぶ】
「アムステルダムの魅力は文化・芸術である。特に、都市計画によってミュージアムスクエアと呼ばれる一地区に世界有数の文化施設が集まっていることが特徴」とリュガー氏はいう。ミュージアムスクエアには、ゴッホ美術館、国立美術館やコンサートホールなどが密集する。芸術的に恵まれたアムステルダムは、訪れる観光客だけではなく、地元の人々をも魅了している。
オロングレン副市長はいう。「文化・芸術によって、アムステルダムという都市をアピールすることにも成功している。アムステルダムの文化的魅力は国際的な企業の誘致にもつながり、経済政策と文化政策が一体となって相乗効果をあげている。文化への投資は投資額の2倍以上の効果をもたらしてくれている」。氏は文化・芸術および経済分野の副市長も兼ねている。
また、レンブラント等の美術作品は世界中の観光客を惹きつけているが、アムステルダムはそれだけに頼っているわけではいないという。芸術や文化が都市の魅力を引き上げるのであれば、都市自体が文化・芸術にとって魅力的である必要がある。都市という土壌を、さらに新しい才能が育つ場として、また遠くからもアーティストを惹きつけられる場として豊かにすることが大事だという。アムステルダムは、彼らが活動する場所やネットワークを提供することで、若い芸術家や有能な人材をひきつけている。若手の芸術家に対する2年間の滞在支援も行う。
アムステルダムも産業後退後、80年代は人々が都市から郊外に移り住み、中心部が荒廃した時期もあった。そのような中でも廃墟となった地域に住みついた人々や、グラフィティのような当時はアートとしては認識されていなかった文化も許容し、受け入れてきた。その結果、古い産業が撤退して一度はさびれた地域が、今や新しい利用を生んでいる。かつての戦場の跡地や市電の車庫が文化・ファッション・美食の中心地となり、生き生きとした場になっている。文化やビジネスという新しい息吹が古い場所に吹き込まれるという現象がおきている。
アーティストが住みやすい都市とはどのようなものだろうか。実際にオランダで活動するアーティスト、向井山氏の話は興味深い。
「オランダを拠点としているのは偶然ですが、日本で学び、ニューヨークへ渡り、芸術活動を展開しようと思ったときにオランダで賞を受賞したりと、いろいろなきっかけは確かにありました」と向井山氏はいう。
向井山氏は活動にあたって、オランダで助成金を受けている。支援を受けるには厳しい条件がいろいろとあるが、公的支援を受けることで、他のアーティストとのコラボレーションや課題の共有も可能になり、さらに公共機関や大きな組織とも芸術活動を進められるといった利点があるという。このような手厚い支援と環境がアーティストにとって住みやすい国と言われる理由だろう。
また向井山氏は「アートは綺麗で鑑賞するだけのものではない。社会を映す鏡であり、歪んだところも映し、それは見ていてつらいもの、目を背けたくなるようなものでもある。それも含めてアートの力であり、意見を異にする人たちとの対話が生まれる。2020年までに日本も対話の場になるアートを新たな言語として習得できればと思っている」と、アートを享受する私たち受け手側の意識についても語ってくれた。
吉本氏からはオリンピックにおける文化プログラムの概説と、日本での進捗状況について解説があり、「国・地方自治体、企業メセナなど民間セクター、NPO法人らが、20万件を目指すという文化プログラムを担っていく。大事なことは、文化プログラムが行われることによって人材が育ち、2020年以降も継続的に活躍できること」との指摘があった。
続くディスカッションでは、2020年とそれ以降の東京のあり方について意見交換がなされた。
「文化は贅沢な趣味だと思われがちだが、文化にどれほど重きを置くのかが、これからの都市開発には重要であると思う。行政、民間企業、文化・芸術のセクターがうまく統合すれば、偉大な都市、創造都市になれる。例えば横浜では、かつての銀行や倉庫跡地がNPOらの活動によって、アーティストが活動できる場所へと変貌を遂げている」とオロングレン氏はいう。
市民が文化・芸術に触れるためのさまざまなアイディアもある。
「若い観客をどう増やしていくかということにオランダは配慮している。小さいころから美術館へ足を運ばせて教育の場でも美術に触れる機会を積極的につくっている。また若い人々のコンサートホール離れを恐れており、新しい観客をつくるべく常にアイディアを考えている」とリュガー氏。
例えば若い人のナイトライフに合わせ、コンサート終了後にラウンジを設け、お酒も楽しみながら交流できるようにする等、さまざまなアイディアを出しているのだという。
さらにリュガー氏は「日本に『超高齢社会』という言葉があるとおり、高齢者の観客も重要になってくる」とも指摘。オランダの「ミュージアム・プラス・バス museum plus bus(http://www.museumplusbus.nl/)」という高齢者支援の取り組みは、老人ホームなどにバスが迎えにいき、美術館や博物館などを回るツアーに参加できるというものである。オランダでは高齢者や社会的弱者をいかに文化活動に関与させ続けることができるのか、という社会の課題にも積極的に取り組んでいる。
リュガー氏のお話は、いずれも日本でも十分にいかせるものであり、コストはかかるけれども真剣に考えるべきだと思った。
2020年東京オリンピックに向けて、さまざまな文化関連のプロジェクトや交流の場が企画され、今後観客として参加する機会も増えてくるだろう。今回のようなフォーラムをきっかけとして、私たちも「ようこそ東京へ」と誇れる文化・芸術都市にしていく、そのような取り組みを考えていく必要があるのではないだろうか。
2015年11月11日訪問
(2016年3月31日)