メセナアワード2021 メセナ大賞受賞

「一人でも多くのひとの心を動かしたい」 ~「MOVE」に込めた本当の思い

豊田章男 トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長

―このたびは「メセナアワード2020」メセナ大賞のご受賞、誠におめでとうございます。

今回のメセナ大賞は、私たちを普段支えていただいている方々の活動がご評価いただけたのだと受け止めており、大変うれしく思っています。「今誰かのために、なにかできることから始めよう」というトヨタからの呼びかけに、各地のメセナのパートナーの皆さんが快く応え、迅速に前向きに取り組んでくださったからこその結果です。

―コロナ禍にもかかわらず、芸術の灯をともし続ける活動を支援されてきました。会社経営におけるメセナの位置づけをどうお考えですか?

世界的感染拡大に見舞われ、「不要不急な活動は止める」とされた中で多くの芸術活動が制約されました。ただそれは「本当にそれでよいのか?」と考えさせられるきっかけにもなりました。
感染拡大を抑えることと芸術の重要性は分けて考えるべきものです。一昨年のコロナ拡大予兆があった際、私は安全安心の観点からウィーンフィルの来演の見直しをいち早く指示しました。一方でパンデミックといわれるさなかに、人々を元気づける彼らの音楽支援の継続も決断しておりました。
よりどころとなったのは昨年、私が自ら社のミッションとしてかかげた『幸せの量産』。これは本業のモビリティに限らずあらゆる社の活動に通じます。ステイホームが続き、移動の自由が奪われた多くの人が「移動すること」のうれしさを再発見したのではないでしょうか。そもそも“MOVE”とは『移動する』の意ですが、『心を動かす・感動する』の意味もあります。一人でも多くの方の心を動かしたい、そんな想いもこめた『幸せの量産』なのです。心を動かす芸術を支えるメセナ活動は、どんな状況でもトヨタがなし得なければならない役割だとの思いを強くしています。

―メセナ活動について思い出深い出来事はございますか?

2009年に社長に就任した直後に、大規模リコール問題が起こり、アメリカでの公聴会に召喚されたときのことです。これまで私たちが応援してきた全国のアマチュアオーケストラや関連団体の方々から、「これまでずっと応援してもらってきた私たちが、今度はトヨタさんを応援する番です」というメッセージを沢山いただきました。あのときの感動は今も忘れられません。
翌年の東日本大震災の発生直後のことも大きな体験でした。当時、私は現地視察のために東北に向かっていましたが、途中の高速道路でさまざまな都道府県ナンバーのクルマがたくさんの荷物を積んで走っていました。「支援物資だけでなく東北の人たちに『ココロ』も運んでいる」「クルマは気持ちを運ぶ乗り物なのだ」と、胸が熱くなりました。そして『ココロハコブプロジェクト』を立ち上げ、我々の呼びかけに応えてくれた各地のアマチュアオーケストラのメンバーが楽器をかついで東北まで演奏にかけつけて、ココロを運んでくれました。
メセナ活動を通して、日ごろからお世話になっている方々に幸せを運びたい、元気を届けたいと思ってきましたが、気がつくと日々、私たちも応援していただき、元気をもらって助けられているのだということを実感しました。

―今後のメセナの展開について教えていただけますか?

東京2020オリンピック・パラリンピックでは連日、当社に所属する世界中のアスリートを応援してきました。彼らの決してあきらめない姿には勇気や感動をもらいました。スポーツと文化は共通するところが多いと感じており、人々を元気づける、勇気づける活動はこれからも大事にしていきたいと思っています。
またパラリンピックの浸透で多様性を受け入れる方が増えました。人々の意識が変わると、SDGsが目指す「誰一人取り残さない持続可能な平和な社会」を実現できるのではないでしょうか。
スポーツと同じように文化には言葉や国境を越えてみんなを元気づけ、人と人をつなぎ合わせる力があります。世の中が困難に直面しているときこそ必要です。これからもパートナーの皆さんのお力を借りながら、幸せと生きる力につながる活動を後押ししていきたいと思います。

[聞き手・構成:箱田高樹(カデナクリエイト)]


とよだ・あきお

1956年5月3日生まれ
1979年 慶應義塾大学法学部卒業
1984年 トヨタ自動車株式会社入社
1998年 ニューユナイテッドモーターマニュファクチャリング株式会社出向
2000年 トヨタ自動車株式会社 Gazoo事業部主査
2000年 同社 取締役
2001年 同社 アジア本部本部長
2002年 同社 常務取締役
2003年 同社 専務取締役
2005年 同社 豪亜中近東本部本部長
2005年 同社 中国本部本部長
2005年 同社 取締役副社長
2005年 同社 情報事業本部本部長
2009年 同社 取締役社長(現在に至る)
2013年 フランス レジオン ドヌール勲章 オフィシエ章
2017年 藍綬褒章

メセナアワード2021 メセナ大賞受賞

トヨタ自動車株式会社
「パンデミックの中でのプチ幸せの量産」

活動内容
トヨタ自動車自動車業界は100年に一度と称される大変革期にある。トヨタは「自動車をつくる会社」から「モビリティカンパニー」へと変わろうとする一方、同社の始祖、豊田佐吉氏が志した「誰かの仕事を楽にする」という原点は忘れずに引きついでいる。2020年、社長の豊田章男氏はトヨタのミッションを「幸せの量産」と定義した。コロナ禍に見舞われた同年、移動の自由が奪われ、あらためて「移動すること」の喜びを多くの人々が再発見した。
「MOVE」という言葉には「心を動かす・感動する」という意味も含まれている。同社のミッションと多くの人に「ワクワク」をお届けしたいという想いが重なり、これまで培ってきたメセナ活動のリソースを活用し、パンデミックに迅速に対応し工夫を加えながら活動した。たとえば、1985年から行っている「トヨタ青少年オーケストラキャンプ」は全国各地のサテライト会場をオンラインでつなぎ、日本を代表するプロによるレッスンを実施。また、2000年から継続している「ウイーン・プレミアム・コンサート」は渡航制限により公演を全面休止したが、予約していた紀尾井ホールを活用し、「トヨタロビーコンサート」特別編として開催。サントリーホールでは、コロナ禍において発表の場を失ったアーティストに無償で会場を提供する「夢をかなえるコンサート」を企画・実施した。そのほか、2004年にスタートしたアートマネジメント総合情報ウェブサイト「ネットTAM」では、オンラインのメリットと発信力を最大限に活かし、芸術文化応援プロジェクトを立ち上げ、助成金情報やアート関係者を力づける連載記事などを発信。さらに、コロナ禍でのさまざまな困難について、ともに考え、踏み出すためのオンライントークイベントを実施し、アートのプラットフォームとしての役割を果たすなど、創意工夫をこらし活動を行った。
コロナ禍での活動で得た経験や気づきも新たなリソースとして、これからも幸せを量産していく

評価ポイント
コロナ禍による社会の変化に対し、迅速かつ柔軟に対応しながら活動を展開している。
今までの活動を活かし、コロナ禍の影響を受ける芸術にかかわる人々にさまざまな機会を創出し、芸術文化の継続に貢献している。

企業プロフィール
本社所在地:愛知県豊田市
創業年:1937年
資本金:6,354億円
従業員数:7万1,373名
主な事業:自動車の生産・販売
URL:https://global.toyota/jp/
(2021年3月現在)

『メセナアワード2021』掲載(2021 年11 月25 日発行)

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