メセナアワード2007 体感音響賞/あなたが選ぶメセナ賞受賞

音楽好きの「やりたい気持ち」が支えるメセナ

須藤民彦 パイオニア株式会社 代表取締役社長

―「体感音響賞」「あなたが選ぶメセナ賞」のダブル受賞、おめでとうございます。御社独自の技術を活かした「身体で聴こう音楽会」の活動が高く評価されました。

このように名誉ある賞を一度に二つもいただき光栄に存じます。創業者の松本望が考案した「体感音響システム」が、このようなかたちで世の中に貢献できたことを、私たちはとてもうれしく思っております。開発当時、商品としてはあまり普及しませんでしたが、椅子から音の振動が伝わることで聴覚に障害のある方が音楽を楽しめると知り、1992年のスタート以来休むことなく続けてきました。それも社員からの提案がもとになり、その後も多くの社員の下支えと社外の多くの方のご理解、ご協力があって続いてきた活動です。現在は、本社ロビーでの月1回の定期コンサートのほか、他の団体が主催する音楽イベントに貸し出したり、弊社の海外現地法人からの要望もあって国外で公演する機会も増えてきています。シンガポールではコンサート会場に大統領がお見えになり、子どもたちを励ましてくださったのが印象的でした。

―運営には社員だけでなく、ご家族までボランティアでかかわっておられますが、その秘訣はなんでしょうか。

第一には「音」をベースとした活動であったことが大きいと思います。当社は、アメリカ製のダイナミックスピーカーの音を聴いて感動した松本が自分でスピーカーをつくり始めたことからスタートしています。原点がオーディオですから、音楽好きの人間がそろっており、合唱団やオーケストラをはじめ、ジャズやロックなどのバンドも数多くあります。「身体で聴こう音楽会」は休日に行うボランティアということもあって、皆肩の力を抜いて楽しんでやっているようです。家族や友達を誘いながら、仕事だけでは出会えない人々と知り合えるのも魅力なのかもしれません。また、一音一音食い入るように聴いてくださるお客様の存在も大きいですね。お客様の笑顔から仕事の活力となる元気をいただきますし、演奏者の皆さんも「真剣にやらなければ」との思いを持たれるようです。このコンサートへの出演がきっかけとなって、自ら老人介護施設での演奏活動を始める方もいらっしゃるようで、思いがけずそうした好循環も生まれています。

―自発的な行動が、長く続いている秘訣ということですね。

商品企画もそうですが、何にしても標準化しすぎるとよいことはありません。もともとオーディオ好きというのは「音へのこだわり」が強い者が多い。「こんなものがあったらいいな」「自分はこうしたい」という気持ちを引き出し、自由な発想や表現がどんどんわき出てくるようにしなければならない。そのために業務や人事評価の仕組みも再構築していますが、こうして本来業務ではない文化活動にも当社のDNAがとても色濃く継承されていたことをていへん心強く、うれしく思っています。
今後も「身体で聴こう音楽会」の運営は、これまで一歩一歩積み上げてきた実績を大切にしながら着実に続けてもらい、会社として必要なサポートはしっかりとしていきたい。自主的にやっている人たちが、楽しく続けていくことが、一番大事だと考えています。

[聞き手:荻原康子|取材・執筆:前川太一郎]


すどう・たみひこ

1927年群馬県生まれ。1970年立教大学社会学部卒業後、パイオニア入社。国際部ヨーロッパ部部長、カー・エレクトロニクス事業本部事業部長、常務取締役、代表取締役副社長などを経て、2006年1月から現職。趣味はゴルフとドライブ。カー・オーディオにはこだわりがある。座右の銘は「首尾一貫」。

メセナアワード2007 体感音響賞/あなたが選ぶメセナ賞受賞

パイオニア株式会社
「身体で聴こう音楽会」の開催および企画運営

活動内容
椅子から音の振動が伝わることで音楽の臨場感を楽しめる「体感音響システム」。このシステムを活かし、聴覚障害のある人にも音楽を楽しんでもらおうとの社員の提案から、1992年に「身体で聴こう音楽会」は始まった。
本社ロビーで月一回開かれる定期コンサートは、プロの演奏家から社内コーラスグループまで登場する多彩な内容である。毎回100名ほどのお客が集まるロビーには、普通の椅子とともに「体感音響システム」の椅子が並ぶ。字幕や手話通訳も交えたコンサートの運営は、専任の事務局のほかは社員とその家族のボランティアによるものだ。
活動の周知が進むにつれ、外部からも協力要請が来るようになった。なかでも日本フィルハーモニー交響楽団等が主催するコンサートでは、ホールに数十席分のシステムを設置して聴覚障害の方々を招いている。さらに、ろう学校での演奏会や、聴覚障害者を対象とした音楽イベントにも機材を貸し出す。聴覚障害者のニーズを取り入れた運搬も容易な改良型を新たに製作し、65台のシステムをフル活用しての対応だ。
企業理念「より多くの人と、感動を」を具現化する活動として、今後も音楽を楽しむ人の輪を広げていくことだろう。

毎月、本社ロビーで開かれる「ロビーコンサート」。

ロビーコンサートでは字幕や手話通訳などの情報保障が行われている。

聴覚障害者のニーズを取り入れた改良型の「体感音響システム」。
振動ユニットが内蔵されたクッションと手に持つ部分で、振動を体に直接伝える。

札幌交響楽団の協力を得て実施したろう学校でのコンサート準備風景。

企業プロフィール(2007年3月現在)
本社所在地:東京都目黒区
業種:電機機器(音響・映像)
資本金:490億4,850万円
設立年:1947年
従業員数:3万7,622人(連結ベース)
URL:jpn.pioneer/ja/corp/sustainability/karadadekikou/

『メセナnote』53号掲載(2008年1月15日発行)

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