メセナアワード2005 メセナ大賞受賞

暮らしの今と明日の夢を提案して、100年

中村胤夫 株式会社三越 代表取締役会長

―このたびの受賞、誠におめでとうございます。お客様の生活に文化を提案する百貨店として先駆的な取り組みをされてきた御社は、2004年が設立100年でしたね。

栄えある賞をいただき大変光栄に存じております。江戸時代より呉服店の越後屋、三井呉服店としてつづいてきた当社は、明治37(1904)年に「デパートメントストア宣言」を掲げて近代百貨店の道を歩みはじめ、昨年、設立100年の節目を迎えました。これを記念して「琳派」展を開催しましたが、実は、設立した年にも「光琳遺品展覧会」を開いています。創業者の三井家が尾形光琳を支援しており、光琳模様の呉服をつくるなど縁が深かったためですが、百貨店で初めての文化展として大反響をいただき、元禄ブームを巻き起こしました。その後1907年に美術部を設け、1927年には日本橋本店6階に三越ホール(現・三越劇場)を開設するなど、一貫してお客様に芸術文化の香りや教養を提供してまいりました。春の「院展」(1914〜)、秋の「日本伝統工芸展」(1954〜)、また若手歌舞伎の登竜門である「三越歌舞伎」や「三越名人会」「三越落語会」など、50年以上つづいてきた催しも数多くあります。現在のように美術館も劇場もなかった時代には、百貨店がその役割を担っていたといえるでしょう。敷居が高くなく、手近に芸術文化を楽しめることが百貨店における文化催事のいいところではないでしょうか。百貨店は買い物をしていただく場ではありますが、商品以外にも楽しみや発見に溢れていることが、私どものできる社会貢献だと考えております。

―これまでのご活動の中で思い出深い出来事などをご紹介ください。

私は長年文化催事を担当してきましたが、海外に作品を拝借に行った際、先方様を説得することに一番苦心致しました。なにしろ百貨店で文化催事をするのは日本独特の慣習であり、意義を説明して理解を得るのが大変でした。しかし苦労したかいがあり、1966年の「大ナポレオン展」や翌年の「大ネルソン展」などは大成功をおさめました。また、1980年に開催した「東山魁夷 唐招提寺障壁画展」は1日2万人近くのお客様が訪れるほどの大盛況でしたが、それだけの人が入ると会場内の温度・湿度が上がってしまい、調整が大変だったのを覚えています。

―これからの百貨店経営に、メセナ活動はどのような意味をもつとお考えですか。

全国に多くの文化施設ができた現在では、単にその代わりをはたすという百貨店の役日は終わったと思いますが、それでもなお、お客様に文化と教養をお届けするという使命は変わりません。むしろ、百貨店にとって、メセナ活動の重要性は増してきているともいえます。商品はどこにでもあるのですから、ほかにはない個性を打ちだしていくためにも文化活動は大切です。時代とともにニーズも変わり、以前は入場者が少なかった写真展やデザイン展が今ではとても人気があります。求められるものの変化を敏感にとらえ、顧客志向の催しを考えなくてはいけないと常に肝に命じているところです。「暮らしの今と明日の夢を提案する」を理念に、今後も三越らしい文化活動を継続していきたいと考えております。

[聞き手:萩原康子|取材執筆:高野香子]


なかむら・たねお

1936年生まれ。1961年、慶應義塾大学法学部卒業、株式会社三越入社。1990年、新宿店長。その後仙台店長、銀座店長、代表取締役常務取締役本社経営企画室長、代表取締役専務取締役営業本部長、代表取締役社長を経て、2005年より現職。趣味は美術鑑賞、ミュージカル鑑賞、書店めぐり。

 

メセナアワード2005 メセナ大賞受賞

株式会社三越
日本橋三越本店を中心とした芸術・文化事業の展開

活動内容
1904年、日本初のデパートメントとして誕生した三越は、逸早く文化展を開催。商品だけでなく娯楽や教養、新たなライフスタイルを提案する近代百貨店のモデルを築いてきた。
1927年、関東大震災による修築工事にあわせて本店6階に三越ホールを開設。大戦を経て「三越劇場」と改称し、戦災で歌舞伎座ほか多くの劇場が焼失したなかで若手役者の登竜門「三越歌舞伎」を上演してきた。
ほかにも50年以上続いている定例の催しに、古典芸能の重鎮が登場する「三越名人会」や「三越落語会」、「三越邦楽会」がある。また俳優座や民芸による演劇、ミュージカルなど幅広い演目をおこなっている。
文化展は本店7階の催事場をギャラリーにして、さまざまな内容で展開してきた。公立美術館に巡回する企画を含め年間約50本もの展覧会が開催され、総来店者数の約1割の集客を誇っている。なかでも、1914年から続く春の「院展」と、毎年秋に開催する「日本伝統工芸展」は定番企画である。
設立100年を記念して竣工した新館では、文化展が通年開催できるスペースも設けられた。三越が長年継続してきた活動の意義は大きく、メセナの先駆けとしてこのたびの受賞となった。

日本橋三越本店日本橋三越本店

ステンドグラスや大理石を用いた欧風建築の 三越劇場ステンドグラスや大理石を用いた欧風建築の三越劇場は、1階402席・2階112席からなる。

日本伝統工芸展1954年より毎年開催の「日本伝統工芸展」。本年で第26回を数えた。

三井家伝来の能装束展新館7階ギャラリーで開催された「三井家伝来の能装束展」

企業プロフィール (2005年2月現在)
本社所在地:東京都中央区
業 種:小売業
設立年:1904年
資本金:374億406万円
従業員数:7,904人
URL:https://mitsukoshi.mistore.jp

『メセナnote』40号掲載(2005年11月15日発行)

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