メセナ大賞1997 メセナ大賞受賞

日本の室内楽の殿堂として開館以来10年〜カザルスホール

石川康彦 株式会社主婦の友社 代表取締役社長

多くの企業や人々に支えられた10年間

―芸術文化振興にもっとも貢献した企業に贈られるメセナ大賞を受賞されたご感想をお聞かせください。

小さなホールで地道にやってきたものですから、正直びっくりしたというのが実感です。主婦の友グループということで受賞させていただきましたが、協賛していただいた多くの企業、すばらしい演奏を聴かせてくれたアーティストの皆さん、定期的に通ってくださった聴衆の方々、そして一丸となってホールをつくりあげてくれたスタッフのお陰だと感謝しております。

―開館10周年を迎えられましたが、その間に日本の室内楽を取りまく環境は変化したと思われますか。

10年前は、シンフォニーかソリストの演奏が中心だったように思いますが、最近では室内楽のコンサートもずいぶん開かれているようです。これはカザルスホールだけの貢献ではなく、室内楽を演奏するホールが他にも増えたことや、演奏家が室内楽に力を入れるようになったことが要因だと思われます。

―カザルスホールの運営システムは、どういう点が優れていると思われますか。

自主公演に力を入れてプログラムに連続性をもたせたことや、各地のホールと連携して公演をおこなったこと、プロデューサーシステムを取り入れたことなどが挙げられます。
総合プロデューサーの萩元晴彦氏の人脈のもと、すばらしいスタッフに恵まれたこともそのひとつです。ホールが独自に募った人材も、日本初の本格的な室内楽ホールづくりに真剣に取り組み、切磋琢磨された結果、優秀なスタッフヘと育ちました。
また、法人や個人の方々のご協賛によって、精神的・経済的な支援をしていただくパトロネージュシステムも大きな特徴です。

―名称からは、主婦の友社が支援していることはわかりづらいですが、その点はどうお考えですか。

音楽的に優れたホールをつくるには、象徴となるような名前をつけたいと思っていました。そしてホールとして取り組んでいきたいことをひとつひとつ挙げていった時、それがパプロ・カザルスの生涯と重なったので、カザルス未亡人にお願いして偉大なチェリストの名を冠することになったのです。
ホールの運営は経済的に大変厳しいものですが、出版事業の幅が広がるというメリットがありました。たとえばCDブックスなど音楽に関連した企画が出てきたり、新しい事業をおこなうことで人的ネットワークが広がったり、そういう目に見えない資産が増えたと思います。ホールに来ていただくことで、それまではむずかしかった地元の方々との交流も生まれました。

ホルショフスキー氏の演奏がホールの精神的柱に
―もっとも印象に残っているコンサートは何ですか。

カザルス本人とも大変親交の深かつたピアニストのミエチスラホフ・ホルショフスキー氏が、1987年のオープエングシリーズで初来日された時のことはよく覚えています。リハーサルでバッハのイギリス組曲を弾いていらして、最初の何小節かの後、ずっと考えこんでしまったのです。ホールの音響設備やピアノに不備があったかと不安な気持ちで見守っていると、小さな声で「このホールは非常にすばらしい」といってくださったので、私たちの緊張も一気に解けてしまいました。本番も、とてもすばらしい演奏でした。あの時の演奏がホールの精神的な柱になったと思いますし、あの演奏を聴くことができたのは、お客様だけでなく、私たちにとっても幸せだったと思います。

―現代の主婦はアートやメセナについて、どのように捉えているとお考えですか。

平日の昼間におこなわれるティータイムコンサートというシリーズがあるのですが(現在休止中)、いらっしゃる7、8割は女性の方で、皆さん大変熱心です。
そういう女性にともなわれてご主人やお子さんがコンサートにいらっしゃるケースも増えているようです。女性が文化を引っ張っているというように見受けられますね。

―次の10年間に、カザルスホールはどのような役割をはたしていきたいとお考えですか。

若いアーテイストを育成したり、世界中から優秀なアーティストを招聘したり、優れた室内楽のコンサートを開いたり、質の高い充実した公演を継続していくことが一番大切だと思います。各地に作られている室内楽のホールと連携をとって、室内楽や音楽の世界を広げていきたいと考えています。そういう点は今まで以上に充実させないといけないですね。

―10年先が楽しみですね。ありがとうございました。

[聞き手:久保田大介|取材/構成:片山 航]


いしかわ・やすひこ

1944年生まれ、慶応義塾大学法学部卒業。1967年日本放送協会に入社。1975年主婦の友社に転じ、1978年取締役、1982年常務、1987年副社長を経て1992年6月社長に就任、カザルスホール総支配人に。

 

メセナ大賞1997 メセナ大賞受賞

主婦の友グループ
カザルスホールの運営

活動内容
偉大なチェリスト、故パブロ・カザルスの名を冠するカザルスホールは、(株)主婦の友社が1987年に東京・お茶の水にある旧本社ビルをリニューアルした際、日本初の本格的室内楽ホールとして内設したものである。 独立の室内楽専用小ホールという採算的に成立しにくい形態にもかかわらず、年間平均350公演をこなして内外の音楽家の演奏活動を紹介。日本の音楽文化に新たな局面を切り開き、それまで日本ではあまりスポットライトがあたらなかった室内楽の普及において先駆的な役割をはたした。
貸しホールとして一般に演奏の場を提供する他、主催コンサートも年50回ほど開催。「ハイドン交響曲全曲演奏会」、「アマチュア室内楽フェスティバル」、「ヴィオラスペース」など、10年間に好評を博した主催コンサートは枚挙に暇がない。
また、海外の優秀な若手演奏家を発掘し、日本に初めて紹介する「デビューコンサートシリーズ」や、日本の若手から中堅演奏家に演奏の機会を提供する「特別企画」などを通して、室内楽の将来を担う演奏家の育成にも努めている。さらに、カザルスホール・クァルテットをはじめ、いくつかのレジデント・クァルテットを組織し重点的に支援するなど、その後建設された多くの室内楽専用ホールの数々の模範を示してきた。 1994年にはホール運営への支援企業を募る「カザルスホール倶楽部」を組織。本年10月にホール設立10周年を迎え、さらなる活動の充実をめざしている。
運営にあたるのはグループ内の不動産管理会社、株式会社お茶の水スクエア。また同社のカザルスホール事業部アウフタクトが企画を行っている。

97年「三菱ゴールドコンサート」ゲルハルト ボッセ休日のオーケストラ1997年「三菱ゴールドコンサート」ゲルハルト ボッセ休日のオーケストラ

企業プロフィール(株式会社お茶の水スクエア)
本社所在地:東京都
業種:ビル管理運営等
創立年:1967年
資本金:6,000万円
従業員数:80人

『季刊メセナ』冬 第31号掲載(1998年1月20日発行)

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