ビール作りはメセナと似ている
瀬戸雄三 アサヒビール株式会社 代表取締役社長
文化活動を通じてお客様への奉仕を学ぶ
―このたびは、受賞おめでとうございます。
芸術文化振興にもっとも貢献した企業に贈られるメセナ大賞を受賞なさった、今の率直なご感想はいかがですか。
今回は、私どもの「社有施設を使ったメセナ活動」という点を評価して取りあげていただいたことにたいへん感激しております。企業の文化活動とは、地に足をつけて活動を長つづきさせ、地域に貢献していくことではないでしょうか。オン・ビジネス(本業)とオフ・ビジネス(社会貢献)をバランスよくおこなうべきで、その意味で自社の施設をベースにして地域に文化を発信するということは、地味かもしれませんが非常に意義のあることと考えています。
―社員の方がたがロビーコンサートの企画・運営の軸になっていますが、活動が社員に与えている影響は何でしようか。
そうですね、出演者の人選、会場づくり、会場でのご案内、ビールのサービス、お見送りなどを通して、いろいろな形での「お客様への奉仕」をいっぺんに経験できるのは、とてもいいことだと思います。お客様が喜びご満足いただける様子を実感すると同時に、メセナに参画しているんだという自覚を味わえる。そうやって社員個人のセンスを磨いていくことは、ひいては会社全体のレベルアツプにつながります。
―文化活動の古い歴史がある御社ですが、社長のお立場から会社の変遷をご覧になると、どのようなことをお感じですか。
昭和24年(1949)にアサヒビールを設立した初代社長・山本為三郎が、非常に文化を大切にした人でした。音楽に造詣が深くて、昭和29年に海外から演奏家を招いてアサヒビール・コンサートを始めたんですね。その当時から文化性の高い会社だったと思いますが、時とともにそのいいイメージがだんだん希薄になってきてしまっていた。それがまた最近、復活してきたというところではないでしようか。
―1990年に設置された企業文化部の存在についても、「なぜ今必要か」というような声もあったと思われますが…。
確かに、社全体として、また正直私自身にも「早いのでは」という気はありました。しかし今考えると、仕事をバリバリやる一方で感性を養うということは、大事なことだったなと感じます。その両方がうまく発展していけばいいのですから。ともあれ、地道な努力をつづけて社内にひとつの文化を根づかせた企業文化部の功績はたたえてよいと思います。
若手支援は本業とも一致する
―今後のアサヒビールの芸術文化支援としては、どういった計画をお考えでしようか。
はい、まずは全国の支社や工場所在地からの「地方でもっとやってほしい」というご要望にお応えしていきたいと思います。地方で文化活動を展開することによって、各地域の方がたとビールを売る、買うという以外のおつき合いが広がりますし、全国の社員のレベルもあがります。ふたつめは、海外の質の高い文化と、日本の文化が交流できないだろうか。海外の製造拠点・販売拠点のある国々と、オフ・ビジネスの連携による国際親善をしたいと考えております。そういう夢をもって、ずっと長く文化支援をつづけていきたい。企業というのは、自分の力量に応じた文化の発信をするべきであり、景気に左右されないきちんとしたベクトルをもって、その方向にそって責任をはたしていくべきではないでしょうか。そんな企業哲学が大切だと思います。
―とくに若手支援に力を入れていらっしやいますが、その方向性はずっと変わらないでしょうか。
それは変わりません。なぜなら、ビールは若い人の飲み物だからです。調査によると、20〜40代の若い人にわが社のビールは強く支持していただいています。つまり若い人を支援し育成することは、若い人向けの商品を作るという本業とも一致するわけなんです。私どもは、お客様にただビールを飲んでいただくのではなく、ビールを飲んで楽しい、心豊かだ、そんな時間を提供したい。その意味でも、ビール作りとメセナは似ているといえるのではないでしょうか。
―どうもありがとうございました。
[聞き手:熊倉純子/仙道弘生|取材・構成:高野香子]
せと・ゆうぞう
1930年生まれ。1953年慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、アサヒビール株式会社入社。1982年取締役大阪支店長、1986年常務取締役営業本部長、1990年代表取締役副社長を経て、1992年9月より代表取締役社長、現在にいたる。趣味は旅行。
メセナ大賞1996 メセナ大賞受賞
アサヒビール株式会社
ロビーコンサートを中心とする社会に開かれた未来文化創造型メセナ活動
活動内容
アサヒビール株式会社は1989年、創業100周年を迎えたことを記念し、隅田川のほとりに本部ビルと隣接のフラムドール(あの有名な、屋上に金色の巨大な炎のオブジェをいただく建物)を建設した。それと同時に全社横断の企業文化委員会とメセナの専任部署である企業文化部を設立。「メセナ活動は企業を構成する一要素である」との考え方のもと、(1)社有施設から地域への斬新な文化の発信・提供、(2)若手アーティストの発掘と支援、(3)世界の優れた芸術の紹介、という明確な方針を新たに打ち立て、以後、多彩で独創的なメセナ活動を展開している。 特に社有施設を使って恒常的に新しい文化を発信し、地域文化の発展に寄与すべく推進している活動は注目される。本部ビルのロビーで行うロビーコンサートは常に斬新な企画を提供し、また会議室を使って行う文化講座は時代の精神を切り開く内容であると評価されている。同様の活動は各地の支社や工場でも行っている。これらは企業文化部を旗振り役に、専門家のアドバイスを得つつも、あくまで社員が主体的に企画・運営している。 こうした取り組み方法をとることで、同社では自社の企業文化の向上を目指している。
ほかにも、音楽、美術、ダンスなどさまざまなジャンルにおいて挑戦的な活動を行っている新進アーティストの発掘支援、ミラノスカラ座やオルセー美術館の支援、フラムドール内の多目的スペース・スクエアAの運営など多彩なメセナ活動を展開。さらにアサヒビール芸術文化財団では、海外からの芸術留学生へのスカラシップや、音楽会、美術展への助成などを継続的に行っている。このように、同社の傑出したメセナ活動への総合的な取り組み、特に未来にむけての芸術文化創造支援、地域文化発信を目指す取り組みが高く評価され、今回の授賞となった。
『季刊メセナ』冬 27号掲載(1997年1月20日発行)