多様な出版文化に触れることで心豊かな読者を育てたい
野間省伸 株式会社講談社 代表取締役社長
―メセナ大賞ご受賞、誠におめでとうございます。長年にわたって、全国各地の子どもたちの情操教育とともに、読書文化の継承に寄与されている点などが高く評価されました。
ありがとうございます。「メセナ活動」というよりも純粋に未来の読者を増やしたいという想いから始まった活動であったので、この度の受賞は正直意外で、驚きました。ご存じの通り「本とあそぼう 全国訪問おはなし隊」は全国の幼稚園、保育所、書店などの皆さま、「おはなし隊」の隊長の方々、読み聞かせのボランティアの皆さま、あと恐らく最もたいへんな役割を担ってくださっているドライバーの皆さまに支えられて成り立っている活動です。我々だけでできることではなく、ご協力いただいた方々のサポートあっての受賞であるとたいへんありがたく思っています。
―創業以来、時代に即して幅広い事業に取り組まれていらっしゃいます。経営の中で、メセナ活動をどのように位置づけていますか。また、今後の展開についてお聞かせください。
我々は出版物を始めとしてコンテンツをつくる事業を行っています。そのうえで、さまざまなことを知り、人と出会うことは非常に大きな意味を持ちます。中でも子どもたちの新鮮で想像を超えた視点、反応からは貴重な経験を得ています。その他のCSR活動として、オーストラリアなどで植林支援を行っていますが、現地にはあらゆる面から森林資源の活用や保全にかかわっている「フォレスター」と呼ばれる専門家がいます。日本ではまだなじみの薄い職業で、私自身も訪問時に初めて知りました。「おはなし隊」と同様に、こういった新たな知見から得た多くの刺激はやがて本業につながり、活きてくると思っています。
「おはなし隊」は創業90周年記念事業としてスタートし、来年は創業110周年、「おはなし隊」は20周年を迎えます。実は読書推進活動のさらに新しいかたちを模索しているのですが、今のところ現在の活動を超えるものが出てきていません。今後の展開がどうなるかまだわかりませんが、今までの参加者が延べ約190万人にのぼっていること、また今回の受賞が活動継続の後押しになると思っています。こうして活動を長く続けていると、徐々に「おはなし隊」参加者が社会人になり、その中から編集者、記者など出版関係の仕事につく人も生まれており、次世代に影響を与えられていることをうれしく思います。
つくり手側として今最も難しくなっているのは、捨てるものは買わない傾向にある市場に対してどんなものを生み出していくかということ。消費財でなく、手元に持っておきたくなる、文化財として価値のある出版物をつくっていかないといけないと思っています。
出版不況と呼ばれる昨今ですが、子どものころ好きだったものにはきっといつか戻ってきます。デジタル媒体のよさ、紙の媒体のよさ、それぞれをうまく提供していきたいと考えています。
取材日:2018年10月25日
のま・よしのぶ
1969年1月13日生まれ
1991年3月慶應義塾大学法学部政治学科卒業
1991年4月三菱銀行入行
1999年1月東京三菱銀行退職
1999年2月講談社取締役就任
2003年2月常務取締役
2004年2月代表取締役副社長
2011年3月代表取締役社長
現在、凸版印刷株式会社取締役、日本出版販売株式会社取締役 など
メセナアワード2018 メセナ大賞受賞
株式会社講談社
本とあそぼう 全国訪問おはなし隊
活動内容
1909年に創業した講談社は、書籍の出版を軸に、デジタル事業や海外ライツビジネスなど、時代に即した幅広い事業を展開している。「本とあそぼう 全国訪問おはなし隊」は、次代を担う子どもたちへの読書推進を目的に、創業90周年の記念にスタートした取り組みだ。全国47都道府県におはなしを届け、本好きな子どもに育ってほしいという願いから始まった活動は、同社文化事業の大きな柱の一つとなっている。
4トン車を改造したキャラバンカー2台に、他社の寄贈本もあわせた約550冊の絵本や児童書を積載し、それぞれ1つの県を1カ月かけて巡回する。地域の幼稚園や保育所、図書館など、約50会場ずつ訪問し、紙芝居・絵本の読み聞かせと積載本の自由閲覧を組み合わせた1時間のプログラムを行う。キャラバンカーはどこへでも走り続け、2018年3月までに訪問回数は21,447回、走行距離は約104.2万キロとなった。
読み聞かせは、同社契約スタッフ18名が「隊長」となって地域のボランティアとともに担当し、ドライバーは日本通運に協力を依頼。事前のボランティア説明会やドライバー講習会など、参加者全員が活動の共通認識をもちながら、安全面の配慮も十全に行う。さらに14年からは、現地訪問が難しい僻地校や特別支援学校などにも絵本を届けようと、無償貸出サービス「おはなし えほんバス」を開始。特製の輸送ケースに、同社が発送先に応じて点訳絵本や触る絵本など、季節に応じた良質な本を選び、送料も負担している。
訪問先も新たに拡大し、海外での展開も始まった。絵本の力を信じ、これからも未来を生きる子どもたちの心に寄り添い続けていく。
評価ポイント
経営資源をいかして、子どもたちの情操教育とともに、読書文化の継承に寄与している。
全国各地に応じたきめ細やかな支援を長年にわたって継続し、出版文化の裾野を広げている。
企業プロフィール (2018年4月現在)
本社所在地:東京都文京区
主な事業:出版事業、読書推進事業、顕彰事業
創立年:1909年
資本金:3億円
従業員数:924名
URL:https://www.kodansha.co.jp/
『メセナアワード2018』掲載(2018年11月29日発行)