「SDGsとメセナ」vol.5

特別講演会「アートによる過疎地域の再生」[レポート]

2020年12月10日(木)東京ミッドタウン・カンファレンス(赤坂)にて、(株)ベネッセホールディングス名誉顧問の福武總一郎氏を迎えて「アートによる過疎地域の再生」というテーマで特別講演会が開催された。当日はYouTubeでもライブ配信を実施し、福武氏は在住しているニュージーランドからオンライン登壇となった。
本講演会は、2018年から企業メセナ協議会が継続して取り組む「SDGsとメセナ」についての5回目のセミナーである。冒頭に、企業メセナ協議会の澤田澄子常務理事より、このセミナーシリーズは、メセナが社会課題に果たす役割と可能性を共有し、企業活動にさらなる価値をもたせること、そして、企業に活動促進のヒントをもたらすことを目的としている旨の説明があり、福武氏のプロフィール紹介があった。最初に「ベネッセアートサイト直島」についての紹介映像が5分ほど流れ、福武總一郎氏のオンライン講演が始まった。

 

◆福武總一郎氏の理念
(株)ベネッセホールディングス名誉顧問、(公財)福武財団理事長である福武總一郎氏は、1986年に急逝した父君の夢を受け継ぎ、1987年以来、瀬戸内海を舞台に直島プロジェクトを牽引、(株)福武書店代表取締役社長に就任してからおよそ10年後に社名を変更している(1995年)。氏の理念であり、企業理念でもある「Benesse =Bene(よく)+esse(生きる)」がそのまま社名となった。「島々とかかわり、その土地の人々と接する中で、大都会東京に比べて、物や情報や娯楽が圧倒的に少ない島の人々の方が、東京で暮らす人々(おそらくご本人も含めて)、よりも幸せそうに見えた」という、当時、氏が受けたであろうカルチャーショックを素直に表した言葉は印象深い。その後の「Benesse」は「人の一生に寄り添いサポートする会社」として大きく成長を遂げることとなる。「自然こそが人間にとって最高の教師である」と言う氏の言葉は、自然やアートが人々を覚醒させ、地域を変えてきたという実体験に基づいており、力強く響く。福武氏の人生訓である「幸せなコミュニティ」については後述する。


【特別講演会「アートによる過疎地域の再生 直島及び中国農村の事例」】

初めに、ベネッセアートサイト直島について、その開発経緯のお話があった。瀬戸内海の島々は、日本で最初の国立公園に認定されながら、日本の近代化や戦後の高度成長を支え、かつその負の遺産を背負わされた場所でもあった。福武氏は、この島々と深くかかわる中で、近代化のベースとなっている考え方である「破壊と創造」の文明、つまり「在るものを壊し、新しいものをつくる」あり方に深い疑念を持つこととなる。そして、「破壊と創造を繰り返す文明」から、「在るものを活かし、無いものを創る」という「持続し成長していく文明」への転換を志向するに至る。この「在るものを活かし、無いものを創る」考え方は、今日の「SDGs」そのものではないだろうか。
福武氏は、ベネッセアートサイト直島というリングで、現代アートを武器に、時代の潮流に抗おうとした。直島で長年パートナーシップを構築している建築家安藤忠雄氏について、東京ではなく大阪出身、プロボクサー経験のある安藤氏は、ともに戦ってくれる相棒として適任であったと回顧する。また地域再生にアートの力を活用するアイデアは、岡山出身でアメリカを拠点に活躍した画家国吉康雄が契機となり、国吉の絵が持つ社会や世相を反映したメッセージ性に着目したのが始まりであった。現在、岡山県立美術館に福武コレクションとして、国吉康雄の作品群が所蔵されている。


◆ベネッセアートサイト直島 建築・アート」
次に、ベネッセアートサイト直島を代表する作品の紹介があった。安藤忠雄設計によるホテル ベネッセハウス(1992)に始まり、多彩な作品が存在している。
・直島:草間彌生「南瓜」(1994)、ブルース・ナウマン「100生きて死ね」(1984)、杉本博司「タイム・エクスポーズド」(1982-1997)、柳幸典「バンザイ・コーナー1996」、蔡國強「文化大混浴 直島のためのプロジェクト」(1998)、家プロジェクト「角屋」宮島達男「Sea of Time‘98」(1998)、家プロジェクト「護王神社」杉本博司「Appropriate Proportion」(2002)、地中美術館(2004)、クロード・モネ「睡蓮」、ウォルター・デ・マリア「タイム/タイムレス/ノー・タイム」(2004)、ジェームズ・タレル「オープン・フィールド」(2000)、大竹伸朗「直島銭湯『I♥湯』」(2009)、李禹煥美術館(2010)、李禹煥「無限門」(2019)、ANDO MUSEUM(2013)ほか
・犬島:犬島精錬所美術館(2008)、犬島「家プロジェクト」ベアトリス・ミリャーゼス「イエロー・フラワー・ドリーム」(2018)ほか
・豊島:豊島美術館(2010)、内藤礼「母型」(2010)、豊島横尾館(2013)ほか

ベネッセアートサイト直島については充実したWEBサイトがある。
https://benesse-artsite.jp/

 

◆ベネッセアートサイト直島 海外からの高い評価
直島訪問者数は1990年からの30年間で数千人から年間70万人まで増加し、海外からも多くの人々が訪れるようになった。世界的にも高い評価を得るまでになっている。2000年「Condè Nast Traveler」にて、「次に見るべき世界の7カ所」に選出。2019年「National Geographic Traveller」にて、「今年見るべき19の場所」で第1位を獲得。2020年には、「Lonely Planet Best of Japan」にて国内訪問地ランキングで4位に選ばれている。
アートが地域を活性化させ人々を覚醒させるには、自然+環境+アート+建築+人々の循環が必要であり、そこには都会にはない豊かなコミュニティの創造がある。2010年フランスのアートマガジン「artpress」が、この循環を「直島メソッド」と呼び、芸術を通して荒廃した地域とそのコミュニティを活性化する方法と定義している。

◆福武總一郎氏からのメッセージ
誰もが幸せな人生を送りたいと願う。幸せになるためには、と深く考えたとき、福武總一郎氏は、「幸せなコミュニティ」に住む必要があると思い至るようになった。そこには、いわずもがな、30年にも及ぶベネッセアートサイト直島での気づきがある。そして、直島のお年寄りたちが、現代アートに馴染み、島を訪れる若い人々と笑顔で接してドンドン元気になっている様子を見て、「幸せなコミュニティ」とは、つまるところ「人生の達人であるお年寄りの笑顔があふれているところ」と定義するようになった。ここでのお年寄りの笑顔が象徴するものとは、若い人々の笑顔であり、赤ちゃんの笑顔であり、自分たちの居場所がある、コミュニティの笑顔でもあると思った。先行き不透明な社会において「年をとればとるほど幸せである」ことは、私たちの希望となりうるのだと思う。
また、これまで述べてきたさまざまな活動を継続するには、安定した財政基盤の確立が必要不可欠であり、株式の配当をベースとした福武家、福武財団、ベネッセ三位一体型のシステムを構築し、サステナビリティの実現に注力されている点にも注目したい。
福武總一郎氏は、「経済は文化の僕(しもべ)である」と断言する。目的は、人が幸せに生きることであるとも。「富を創出する企業こそが文化に力を入れるべきである」と述べる達人の眼差しの先には、これからもかかわり続ける人々の笑顔と瀬戸内の美しい海が広がっている。

 

◆事例紹介 瀬戸内国際芸術祭
福武總一郎氏を総合プロデューサー、北川フラム氏を総合ディレクターに迎え、2010年からスタートした国際芸術祭。日本の四季を感じるため、春と夏と秋の3シーズン開催。瀬戸内海の12の島と2つの港町を会場に、32の国と地域から230組のアーティストが参加している。総来場者数は117万人以上。ボランティア組織「こえび隊」への参加者は延べ5,000人を数え、その約28%が海外からのボランティアである。次回開催は2022年を予定(第5回)。
https://setouchi-artfest.jp/

◆事例紹介 海外展開となる中国・山東省 桃花島プロジェクト
2017年、アートによる地域の農村振興のため福武芸術慈善センターを設立し、農村再生プロジェクトを開始。農村振興において、品種改良、1次産業(栽培)2次産業(加工)3次産業(販売)を地域で担うシステムの構築、農村の人々が協働で助け合い支えあう「集団農業方式」、農業技術の習得と人材育成のための農業振興学院の建設を4つの柱とする。「直島メソッド」の海外展開として、「家プロジェクト」や地域でのアート作品の創造にも取り組む。現在、フランス人建築家ポール・アンドリュー氏とのコラボレーションにより、氏の設計による美術館、ホテル、展望台が建築中である。


◆質疑応答

講演後には質疑応答の時間が設けられ、会場・オンラインともに、企業をはじめ大分県庁やメディア団体関係者、「こえび隊」の参加経験がある香港の大学院生など、さまざまな参加者から活発な質問があがった。直島の移住者、他の地域への直島メソッド活用の可能性、中国・山東省のプロジェクト、過疎地への関心や地域の利害調整、少ない資金で始められるアートプロジェクト、新型コロナウイルスの影響、今後のビジョンなどの質問に一つひとつ丁寧に回答されていた。
(2020年12月24日)

 

【報告】和田大資/アートマネージャー
1977年神戸生まれ。兵庫県立神戸高等学校、同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒業。伊勢丹を経て日本フィルハーモニー交響楽団へ転職。広報宣伝、営業、企画制作を担当。2012年帰郷。京都市音楽芸術文化振興財団にて京都会館再整備、京都コンサートホール自主事業を担当。2015年より箕面市メイプル文化財団に勤務。2020年4月より(同)芸術創造セクションマネージャー。

■開催日:2020年12月10日
■場 所:東京ミッドタウン・カンファレンス ROOM5

 

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