「復元力と創造性をもつ芸術文化支援にむけて」~アメリカのファンドレイジングの現在から~[レポート]
2022年3月15日(火)国際文化会館(港区六本木)にて、公益社団法人企業メセナ協議会主催、ネットTAM[トヨタ・アート・マネジメント(アートマネジメント情報サイト)]および、特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク[ON-PAM]共催による国際シンポジウムが行われ、当日はライブ配信も実施した。シンポジウムでニューヨークの事例を中心にアメリカの文化政策や資金調達の現在を紹介するとともに、日本における文化政策の展望を描くパネルディスカッションが行われ、さまざまな社会課題が顕在化する日本で、芸術文化を今後どのように振興し、社会で支えていくことができるのかを語り合う場となった。
◆研修報告会
「ニューヨーク研修報告」
橋本裕介氏
[ロームシアター京都/NPO法人舞台芸術制作者オープンネットワーク]
文化庁新進芸術家海外研修制度により2021年3月末から2022年3月上旬にかけてニューヨークに滞在。ファンドレイジング(資金調達)をテーマに研修を行った。非営利の舞台芸術活動の資金調達にフォーカスをあて、その専門家、そして資金を提供する側の方々にインタビューを重ねた。
アメリカにおける芸術文化支援は、伝統的に、行政(政府と地方公共団体)による支援というよりも、裕福な個人の支援者とそれを基に設立された財団からの寄付によってなされている。アメリカの寄付文化について、2020年の寄付総額は4714億ドル(約55兆円)で、最大の源泉は個人寄付であり、全体の69%、3241億ドル(約38兆円)を占める。次に、財団19%、885億円(約10兆4千億円)、遺贈9%、419億ドル(約5兆円)、企業3%、168億ドル(約2兆円)となる。寄付の配分は、上位から宗教28%、教育15%、福祉14%、助成財団12%となり、芸術文化は5%、金額は236億ドル(約2兆7千億円)である。ただしこの236億ドルという数字は、アメリカの行政による芸術文化支援額13億7千5百万ドルと比較すると実に17倍の大きさを示し、アメリカにおける芸術文化支援の特徴が表れている。
アメリカには150万以上の非営利組織が存在すると言われ、芸術文化にかかわる非営利組織が11万3千以上。その中で、年間総予算が5万ドル(約600万円)を超える組織は39,292団体である。一定予算規模以上の芸術文化にかかわる非営利組織の多くは、501(C)(3)と呼ばれる教会や学校を運営する非営利組織と法律上同じカテゴリーに属し、公の利益に資するものと認められている。そのため、その団体への寄付は税控除の対象となる。芸術文化にかかわる非営利組織は、アメリカの寄付文化の受け皿となっており、その収入構成は60%の事業収入を除くと寄付収入、特に個人寄付が大きな割合(24%)を占める。そのため、芸術文化に関わる非営利組織にとっての関心事は、個人からどうやって寄付を獲得するか、ということになる。一方、行政の芸術支援部門や芸術文化支援のための助成財団など、芸術文化支援というものが予めミッションに組み込まれている主体とは異なり、個人にとって、芸術文化は支援の前提ではない。このことは個人寄付を獲得するうえで重要なファクターとなる。つまり寄付を獲得するためには、資金調達のプロセスの中で、芸術の社会的価値に対する合意形成を成す必要があり、それは時代や状況によって常に変化するため、不断の努力を要するミッションとなる。
最後に、シンポジウムのタイトルである、アメリカの危機に強いレジリエンス(復元力)とクリエイティビティ(創造性)を発揮する芸術文化支援について、先進的な実践例が紹介された。特に重要な役割を果たしているのが、アーティスト支援を行う中間支援芸術団体(Intermediary Arts Organization)である。裕福な個人や財源(基金)をもつ財団と異なり、中間支援芸術団体は、自ら資金調達を行い、そこで得た資金を再配分することで芸術文化支援を行う。中間支援芸術団体は、歴史的に、アーティストの連帯から自発的に生まれており、現場のニーズからのボトムアップを促すことに成功している。結果、トップに位置するような大きな財団にまで、影響を及ぼすこととなり、このような業界内の循環を通して、アメリカの文化政策がかたちづくられている側面があるようだ。現在のパンデミックに際し、複数の中間支援芸術団体が連帯し、財源をもつ大きな財団を巻き込み、アーティストリリーフと名づけたアーティスト個人への緊急支援の助成を実施している。その実績は、15カ月間にわたり、4,682人のアーティストに、一人あたり5千ドルを提供した。さらにアーティスト個人へのベーシックインカムもニューヨークやサンフランシスコなどで実践されている。これらの緊急支援において共通しているのは、申込方法が簡単でわかりやすく、資金の使途が無制限であるということである。それは作品やパフォーマンスではなく、アーティストのキャリアそのものを支援するということとなり、アーティストの存在そのものが社会において必要であるという合意形成のうえにある。これは、中間支援芸術団体をはじめとする、すべての資金調達のプロセスにおける説得と理解、共感の積み重ねの成果であり、社会とアーティストの信頼関係に基づく。ただし、ファンドレイジングに安住の地はなく、前述したとおり芸術の社会的価値に対する合意形成は、時代や状況によって常に変化するため、不断の努力を要するミッションとなっている。
次に、アメリカ舞台芸術の資金調達の第一人者として知られるカレン・ブルックス・ホプキンス氏の講演会が行われた。彼女は、ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック(BAM)をアメリカの現代舞台芸術のメッカとして不動の地位を築くまでに成長させた立役者である。
◆講演会
「ファンドレイズの技術と思想 BAMでの36年を振り返りながら」
カレン・ブルックス・ホプキンス氏
[ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック(BAM)名誉プレジデント]
ファンドレイジングは、組織と市民の間に強い絆をつくる。組織、特に芸術文化にかかわる非営利組織においては、個人寄付の対象者を3つに分類することができる。一つ目は観客、作品を愛してくれる人たち。2つ目。地元の人たち。3つ目は来訪者、組織やフェスティバルがあることで、その地域に行く価値があると思ってくれる人たちである。これらの人々から毎年、支援を獲得する必要があり、そのためには、プログラムやサービスを充実させ、組織がベストを尽くすことが必要だ。ファンドレイジングは、組織が成長する機会ともなる。
誰が資金調達するのか、と問われれば、その答えは、理事会である。理事とは、財務的にも専門知識という意味でも組織に最も多く貢献してもらう人たちであり、また世界をつなげてくれる親善大使の役割も果たす。理事は主に3つのグループの出身の人たちである。一つ目は組織を支援するビジネス上の理由がある人たち。たとえば、本社が近くに立地しているなどである。2つ目は作品を好んでくれている人たち。そして3つ目は理事を務めることが地域に貢献する最善のかたちであると考えてくれている人たちである。理事の人選には、リサーチが重要で、理事の友人や仲間をも巻き込むということも効果的な手法である。そして、理事会を正しく機能させるためには、戦略の策定と評価分析が鍵を握る。財務的な年次貢献目標の設定や理事の評価、実績の確認を行うことが必要である。具体的な評価項目として、理事がどの公演に参加したか、理事会や委員会などにも参加をしたか、個人としてどれくらい寄付をしたか、もしくは友人等を通してどれくらいの寄付に貢献してくれたのか、こういったことを定期的に測定することが重要となる。
支援を求める先には、まず代表的な財団がある。目的やガイドラインに沿った複数年にわたる大きな取り組みとなるので、こちらの提案書も深いものでなくてはならない。次に企業。NPOを支援するということは地域に貢献するということであり、イメージ戦略を打ち出すとよい。そして個人の富裕層や小規模な財団。特に個人の富裕層は、理事を務めることが地域に貢献する最善のかたちであると考えてくれている人たちであり、とても重要である。最後に少額の寄付者。地元に住んでいる人たちで、初めは小規模かもしれないが、どんどん金額をアップしてもらい、一生おつき合いをしていくかたちをつくり、最後は遺贈につなげていくことも可能となる。新しい見込みのある顧客を特定できたら、その人に対しての最善のアプローチを行っていく。寄付者が興味をもつのは注目度の高い新しい取り組みである。クリエイティブな担当者はこういったプロジェクト支援において、サポートを得られる層を一つひとつ特定し、各々を魅力的なかたちに見せ、寄付者と共有するパッケージを開発している。また比較的獲得しやすいプロジェクト支援の予算として入ってきた資金を管理費にうまく充当させるなど、組織運営におけるノウハウがある。
しっかりとした調査により、見込みの寄付者が誰なのか、どうアプローチをすれば良いのか、自分の組織との関係はその人はどうなっているのか、その人は他の団体をどの程度支援しているのか、資産をどれくらいもっている人なのか、そして一番大事なのはその人にどう近づいたらいいのかなど、相手を知ることが必要である。見込みの寄付者を特定できたら、寄付獲得へ向けてのコミュニケーションのスタートである。
ファンドレイジングとは現実的なビジネスであり、大胆で先見性のあるプログラムやすばらしいアイデアが大きな寄付を生む。粘り強いアプローチやフォローアップ。継続的なコミュニケーションを通しての関係性の構築が重要である。そしてなにより、ファンドレイジングは、そのすべての活動においてクリエイティビティが発揮されるものである。
続けて、引き続きホプキンス氏を交えてのパネルディスカッションが行われた。
◆パネルディスカッション
パネリスト:
・カレン・ブルックス・ホプキンス氏
・笠原美智子氏[アーティゾン美術館 副館長]
・佐藤大吾氏[NPO 法人ドットジェイピー 理事長/武蔵野大学 教授]
・吉本光宏氏[ニッセイ基礎研究所 研究理事・芸術文化プロジェクト室長]
ファシリテーター:橋本裕介氏
はじめに、ファシリテーターの橋本氏よりパネリスト自身の活動を通して、ホプキンス氏の講演についての感想や意見などが求められ、笠原氏からは公立美術館と民間美術館を比較し、公益の担い手についての問題提起があった。民間美術館であるアーティゾン美術館は学生無料としているが、公立美術館では予算上、入場料収入を減らすことにつながる施策はできないとのこと。また公立美術館は予算の問題で、2000年以降、作品収集ができていないことが多く、それ以前の1990年代の価値観で購入した収集品を所蔵していることになる。一方、アーティゾン美術館は、2000年以降の美術館の価値観に基づき、現代のアーティストの作品収集ができている。本来有すべき公立美術館の機能を考えたとき、ここで逆転現象が起きているように見える。また公立美術館では、行政から厳格に年間の入場者数の目標が示されるため、集客優先の展覧会を企画せざるをえなくなっている。結果的に、行政による芸術の現場への介入が行われている状況である。
そういった日本の状況に対してホプキンス氏からは次のようにコメントがあった。多くの寄付者は介入しない人の方が多い。組織と寄付者の関係は非常に大事なものである。双方にとって前向きな関係を築くためには、リサーチが重要である。リサーチをきちんとやることによって、寄付者が何に関心があるのかを知ることができ、敬意をもったかたちで寄付の提案ができる。プロジェクトを寄付者を正しくつなげることができる。
続いて佐藤氏より。日本の寄付市場は右肩上がりである(1.5兆円)。ホプキンス氏の講演を聞いてここまで緻密にファンドレイジングに取り組む非営利組織は、日本にはほとんどない。逆説的に、日本の非営利組織は、ファンドレイジングに手をつけていないので、取り組めばかなり伸びる。その際には、全体を見通した戦略と各論のレベルでの分析が重要である。また事業費と管理運営費を比較すると前者の方が集めやすいので、単発の事業などについては、クラウドファンディングや企業とのタイアップ企画が有効である。ただし、人件費を含む運営費、人材育成や研究活動など、運営全般のお金をどうやって集めるかが課題であり、安定した財政基盤を確立するためには、個人の継続寄付を獲得する以外にない。そして、この資金獲得の役割を担うのは理事会である。名ばかり理事ではなく、ワーキングボードすなわち働く理事が必要である。欧米でよくいわれているのに理事の役割3つの「G」というのがある。一つ目の「G」は「GIVE」、理事自身が寄付しなさい。できなければ2つ目は「GET」しなさい。「GIVE」も「GET」もできなければ「GET OUT」しなさい、というのが最後の「G」。また3つの「T」というのもある。一つ目は「TIME」時間を使いなさい。2つ目は「TALENT」才能を使いなさい。最後は「TREASURE」財産を出しなさい。理事はお金のことはきちんとケアをしなければならないということ。ということは理事の人選が非常に重要であることをホプキンス氏の話で再確認できた。
それらワーキングボードについて吉本氏も大いに同意し、さらに日本における個人への寄付を働きかける重要性について述べられ、寄付をして社会を変えることができるという意識をもつことへの示唆があった。
ホプキンス氏からは寄付者との関係性の構築について述べられた。組織の使命と人をつなげ、理想はゆりかごから墓場までの寄付戦略。寄付者と組織、芸術家の作品をつなげ、共有することで、強い絆を生み、当事者意識をもたせる。寄付者には、最終的に、自分は価値のある活動を行い、意義があったと実感させることが重要である。寄付者とは、「芸術が地域に活力を生み、世代を超えて引き継がれるものであるという価値観」を共有することが求められる。
橋本氏は、さまざまな社会課題が顕在化する日本で、芸術文化を今後どのように支えていくことができるのか、問題提起があり、吉本氏が論点の整理と他の社会課題と比べると芸術は支援者の賛同を得るのが難しいとの意見を述べた。
それに対してホプキンス氏からはアメリカでも同じ問題に直面しているとのこと。芸術と飢餓を比較する話にはせず、あくまでも芸術の素晴らしさとクリエイティビティが価値あるものであることを伝える努力をし、他の課題と対峙せず、アートが意味あるものとして提示していくことが重要と述べられた。
佐藤氏は企業へのアプローチはメリットの提示が必要で、感情に訴えるものではないと思っているとのこと。感情に訴えるとしたら一つだけ。企業の従業員に対して意義を訴え、支援を求めていくことを企業経営者に求めることは有効である。それは寄付するのは企業ではなくあくまで個人からの寄付となり、株主への説明責任もなくなる。これからは、自己が提供する価値の再定義が求められる時代となる。たとえばミュージアムが芸術を芸術好きのためだけのものではなく、地域に根差した、総合的な文化事業として再定義すること。地域を活性化し、地域課題を解決できるよう価値を再定義することが重要である。
続いて橋本氏から行政による文化政策と民間による文化政策をどういうふうに発展させていくべきなのか?という行政と民間の役割についての問題提起があった。
笠原氏からは多少極端になってしまうかもしれないがという前置きがあったうえで、儲けることができる展覧会、つまり文化事業ではなく興行は民間で担い、国公立は儲けられないが、やらなければならない文化事業に特化すべきであると述べられた。個人寄付市場を耕していくことは非常に大事だが、日本がアメリカ型のファンドレイジングを実現できるには相当の時間がかかる。文化のベースとなるところはやはり国公立が支えるべきである。それによって「文化が大事だ」といった修養や文化に対して寄付をするといった空気の醸成が可能になっていくのだと思う。
佐藤氏は「集めたら減額する」は逆行する政策であるという。そして2点の要点を伝えた。1点目は行政による助成は自立促進のためのマッチングギフトがいいと思う。イギリスにおいてサッシャ―首相時代に実施された「寄付を集めたら上乗せで国が助成する」という施策で寄付が非常に増えた。それは寄付集めのやる気を育てるのでとてもよい取り組みである。そうでなければ「税金を使わずにふるさと納税の仕組みだけ提供する」のがいい。公益特定増進法人に対する寄付控除が4割程度であるのに対してふるさと納税はほぼ100%、100万寄付すれば99万8千円戻ってくる。イギリスのジャストギビングの社長もこれはクレイジーだといっていたほど。2点目は新たな支援者を獲得するために広告費やマーケティング費に使える助成制度が必要とのこと。助成金をすべて助成活動の事業費に使うと次につながらない。事業継続のためには必要ということを常々感じており最後に提案したい。
まとめに今回の主催者の理事でもある吉本氏より。国からの助成金は、いまとても使いづらいのが現状。地域への経済波及効果の指標が求められるなど、国の政策に合致しているかどうか?というのが評価目標に組み込まれていて、助成団体がそちらに引っ張られる危険性を常にはらんでいる。公的な文化予算はもっと増えてほしい。民間の前に国公立にもっとお金を出していくことにシフトすべきだと考えている。一方、これからは個人の寄付を拡大していくべきだと思う。税金を財源にする公的資金と民間からの寄付金ではその意味合いも異なり、使い勝手も異なる。佐藤氏からも個人寄付が増加している話があったように個人への寄付の働きかけがますます重要であると述べた。
橋本氏は、これを機に本日出たさまざまな論点を引き続き議論しながら今後の日本の文化芸術政策を深め、発展させていきたいと思うと最後にまとめた。
終わりに、企業メセナ協議会の澤田澄子常務理事からの感謝の辞をもって、閉会となった。
【報告】メセナライター和田大資/アートマネージャー
1977年神戸生まれ。兵庫県立神戸高等学校、同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒業。伊勢丹を経て日本フィルハーモニー交響楽団へ転職。広報宣伝、営業、企画制作を担当。2012年帰郷。京都市音楽芸術文化振興財団にて京都会館再整備、京都コンサートホール主催事業を担当。2015年より箕面市メイプル文化財団に勤務。2020年4月より(同)芸術創造セクションマネージャー。