会員企業のメセナ担当者、広報担当者に聞く

座談会:新たなメセナの展開に向けて ーメセナを広く発信するー

『メセナnote』80号掲載(2014年3月発行)

今、メセナはどのように見られているのか。企業による地域文化への貢献が広がり、特に震災以降、文化が果たす役割に注目が集まる一方で、メセナ活動の意義が社内外で問われることも多い。会員企業のメセナ担当者、広報担当者に、日々メセナ情報をどう発信し理解を得ているのか、現在の課題や今後の方向性、協議会に対する期待などを語っていただいた。

舟橋香樹[進行役]:大日本印刷(株)ICC本部本部長、(公社)企業メセナ協議会理事
酒井香世子:(株)損害保険ジャパンCSR部リーダー
吉川公二:(株)フェリシモ経営企画室
小栗和子:(株)ホテルオークラ東京営業企画部広報課

■メセナの変遷と各社における位置づけ

舟橋:メセナは企業のPRや販売促進とは一線を画し、社会貢献の一環としての芸術文化支援を打ち出して始まりました。その後、経営資源を活用する「非資金メセナ」やNPO等とのパートナーシップが進展し、CSRの概念が登場してからは、社会課題と関連させた「複合型メセナ」が発展してきています。先の震災で日本社会は大きな難局に直面し、企業もまた社会課題について意識を強く持つようになりました。その中でメセナの目的も「芸術文化支援」から「文化支援を通じた社会貢献」が重視されてきています。
「芸術・文化振興による社会創造」という今日のメセナの定義や各社の経営理念との関連を踏まえて、メセナ活動を取り巻く状況について、まずはお聞かせください。

酒井:当社では社会貢献方針のもと、美術と環境と福祉を企業としての社会貢献活動の3本柱とし、それぞれの分野で活動する財団とCSR部が連携し活動しています。昔は、社会貢献活動といえば陰徳を積むという印象でしたが、現在のCSRは「企業が社会に与えるインパクトへの責任」と定義されていて、企業が自社の経営資源を社会のために使おうというかたちに変化しており、メセナもその一環として捉えられるようになっていると思います。

吉川:フェリシモでは、「ともにしあわせになるしあわせ」を経営理念に、すべての事業やサービス、活動の中に「事業性・独創性・社会性」の要素を盛り込んでいくことを目指しています。阪神淡路大震災の後に一人のスタッフが考案した「ハッピートイズプロジェクト」は、ぬいぐるみの型紙を販売し、その型紙を購入したお客様が家にある不要な布でぬいぐるみをつくって、世界の子どもたちに届ける仕組みです。集まった何千体ものぬいぐるみの展示と施設の子どもたちへのプレゼントができるという、手づくりの社会貢献で、規模は小さくても、フェリシモの事業と親和性のあるところで継続できる強さがある。これは一例ですが、どの部門の社員も、自分の仕事の領域で社会のプラスになることを考えています。


東北のお母さんたちがつくったニットループ
被災地のお仕事支援が、基金つきギフトとなり東北の子供たちのスポーツ振興につながる。(フェリシモ)

■メセナが本業に還元していく連鎖

舟橋:仕事を通じて社会にプラスになることを考えていくメセナのあり方ですね。事業とのかかわりということでは、ホテルオークラ東京さんもまさに商品であるハコをメセナに使っていますね。

小栗:ホテルオークラ東京では開業周年の際に、「ただひとつのホテルとして。」「和を継ぐホテルとして。」「人生に刻まれるホテルとして。」という3つのビジョンが策定されました。この議論の中で本業とメセナ、CSRの立ち位置も明確になってきたように思います。ホテルにお越しいただくきっかけをつくり発信していくために、オークラは催事が多いのですが、基本はすべて手づくりで行っています。商品であるハコを使って、営業しながら行うメセナ活動ですから、活動の意義を社内に理解してもらうことが重要です。そこで、館内放送で説明を流したり、従業員食堂に卓上ポップを置いたりして、アピールポイントなどを地道に伝えています。毎年夏に行う「秘蔵の名品アートコレクション展」では、受付や監視員も全社から協力を得てシフトを組み、普段はお鍋を振っているシェフや、管理部門の人も総出で会場に立ち、お客様と接します。そうして社員一人ひとりの認識が向上すると、集客数にも相乗効果を生みます。ホテルはすべて人が基本ですので、人を介して伝えるところに心を払い、お客様にもチャリティーイベントとしてご理解いただけるようにしています。


「ロビーコンサート 25」
開業25周年を記念して1987年より毎月開催。ホテルならではの公共性を生かした文化・芸術活動。(ホテルオークラ東京)

舟橋:社内の目をメセナに向けてもらうことと、社会へのアピール、この2つはポイントですね。DNPのメセナ活動の理念は「多様な価値観と対話する文化の醸成」です。印刷会社の機能は多様な価値観の普及に寄与しているので、芸術・文化の領域には特に注力してきました。またメセナ活動は、自社の価値創造に還元されていくものとの観点から、「本業に近いところで息長く」をモットーとしています。ルーヴル美術館との共同プロジェクト「ミュージアム・ラボ」の美術鑑賞システムは、さまざまな美術館や企業博物館等で応用していただくなど、本業につながっているほか、海外での信頼や社員のモチベーション向上などの効果も上がっていますし、「こんな仕事がしたい」という学生の関心も呼んでいます。本来の目的である美術鑑賞への貢献が、さまざまなかたちで波及効果を生み、それがメセナ活動の継続性に寄与するという良い循環になってきました。


「ルーヴルーDNP ミュージアムラボ」展示室(第10回展)
デジタル技術を活用して作品を鑑賞する展覧会や、ワークショップを実践。実証したシステムはルーヴルの常設展示室に導入。(大日本印刷)

酒井:メセナ効果の社内への還元ですね。当社は震災後、社員を被災地のNPOに業務派遣するプログラムを2年間実施してきました。企業人としてのスキルをいかし、被災地支援に取り組むことが目的だったのですが、結果として社員自身も大きく成長して帰ってきたのが印象的でした。データ入力や車の管理システムの構築など、通常のビジネススキルが現地で役に立ったという経験が社員の積極性を生み、さらに業務多忙な中、被災地に送り出してくれた会社への感謝と誇りが生まれました。業務と社会貢献をうまく結びつけることで、被災地への貢献とともに会社にとってもいい影響を与えることができたと感じました。また、社員が地域やメセナに目を向ける機会をつくることも社会貢献部門の大きな仕事だと思います。たとえば毎年10月にはグループ横断のボランティアデーを行い、参加しやすいプログラムを提供しています。今年の「認知症サポーター養成講座」には、ふだんボランティアに参加しないシニア層がたくさん来られました。やはりご家族の問題として身近になりつつあるのでしょうか。また、財団においても、NPOへの助成金贈呈式には各地区の支店長が理事長の代理として行くことでNPOの現状に触れる機会をつくるといった工夫をしています。


東日本大震災復興支援「社員派遣プログラム」
社内公募で募集した社員を業務として被災地NPOに派遣。2013年度は9名の社員が被災地の課題と向き合った。(損害保険ジャパン)

■企業の多様な活動がプリズム効果を生む

舟橋:社会課題解決への取り組みは昨今のメセナ活動で特に注目されるところです。企業財団等の公益法人では社会課題に直接的に向き合いやすいのに対して、企業によるメセナ活動では、少し事情が異なるということはありませんか。

酒井:本業と社会貢献がリンクしているのも大切ですが、はじめからメセナ活動が社会課題の解決に直結しなくてもいいような気がします。企業というのはプリズム効果といいますか、やっぱり多面的に評価されていて、かつて当社も苦境の時に、日頃からのNPO支援が信頼につながったということもあります。メセナをやっていたことが巡りめぐって企業へのレピュテーションや応援につながる、ということはけっこう多いと思います。

舟橋:フェリシモさんは事業を通して具体的な社会課題に取り組まれていますが、実際にはどのように社員の方から提案が出て、活動に落とし込まれているのでしょうか。

吉川:我々はお客様に直結する仕事をしているので、できるだけ直接顔を合わせてお話を聞いたり、思いを実現したいということがあります。被災地にもたくさんのお客様がいらっしゃるので、現地まで出かけていく。そこから生まれてくるプロジェクトもあります。会社としては事業領域の中で社会貢献活動を続けることをミッションにしていますから、いわゆるボランティア休暇のような制度はあえてつくりません、と宣言しています。その考え方や哲学が薄れていかないように、毎週社長が朝礼でひと言触れたりもします。とはいえ、本社が神戸という小さいコミュニティーにありますから、東日本大震災が起きた時には15〜16社が集まって「エールフロム神戸」という緊急支援活動を行いました。社員もそうしたコミュニティーでの活動には参加していたり、自社の事業でやることと個人的にかかわることと、両方ありますね。

酒井:社会貢献活動での企業間連携は、これからの時代、絶対に必要ですね。他の会社の社員やNPOと触れ合うことで気づくことはたくさんあります。会議だけではわからなかった社風や特長が、同じ活動をすることで見えてくる。企業メセナ協議会にもたくさんの会員企業がいるので、一緒になにかやる機会があるとぐっと距離が縮まるのではないでしょうか。お互いの強みを持ち寄ることで活動に深みが出ますし、ネットワークが広がっていくように思います。

小栗:オークラでも、「秘蔵の名品アートコレクション展」の作品を多くの企業からお借りしていて、他社との接点は多々あります。同じ協議会の会員同士で連携が組めると、活動がやりやすくなったり、情報も相互に交換でき、大きなメリットではないでしょうか。

■協議会自体がメディア化する

舟橋:企業が本音の声を交換できる場として協議会に集まり、創発的な議論ができるようになって、協議会自体がハブとなりメディアになれればと思います。そこに集まり生まれる情報をどう発信していくか。企業のメセナプログラムは年間3000件以上あると聞きます。会員が自社のメセナ活動をアピールするだけで、一日に10件以上の情報が発信できるはずです。それをSNSの受け手が拡散し、活動に参加し、さらにそのフィードバックも発信されれば、活発なコミュニケーションになりますね。ソーシャルメディアが浸透して、コミュニケーションが情報発信から情報共有、共感へとシフトする中で、情報発信と活動が相互に連動して共感が形成されていくのではないでしょうか。

小栗:SNSは特定の人に情報を伝えるのに優れていますから活用は進めたいところですが、広く伝えるには従来のマスメディアをうまく使う必要もあります。わかりやすく、シンプルに、新しい観点を加えて関心を持ってもらうにはどうすればいいか、日々悩ましいところです。これだけ多くの企業が協議会に参加しているとメセナの切り口も無数にありますから、常に新しい情報が整理されて提供されていると、メディアが重宝に活用してくれるのではないでしょうか。

吉川:情報はただ発信すればいいというのではなく、「『伝える』から『伝わる』へ」を考え、実行することが大事です。ダイレクトマーケティングは店頭販売と違って、お客様と通信でやりとりをするビジネスですが、カタログやネットという媒体をつくってお客様に発送しても、はたして本当に伝わったのかはわかりません。ちゃんと思いが伝わるかたちで届けなければいけない。ビジネスでもまだまだ模索中ですが、メセナにしても同様で、伝わるコミュニケーションになっているかが大切だと思います。

酒井:これまでの『メセナnote』でも、多彩な有識者の方が寄稿されていたりしますよね。さまざまなメセナの領域で活躍するオピニオンリーダーとのつながりが協議会のブランドを高めますし、皆さまの多様なご意見を協議会の発信コンテンツとして強化していけば、メセナの価値や方向性に共感する人は増えてくると思います。また今後は、英語でのメセナ情報も発信して、グローバルに展開してほしいですね。

舟橋:海外で自社のメセナ活動を紹介することはとても重要で、その会社を知ってもらううえでも効果的なことですね。一方、協議会からの発信で人々の関心を最もひきつけるのは、やはり「メセナアワード」です。今年はどこが選ばれたのかということに加えて、受賞理由についてもより丁寧に説明できれば、なぜ、今の時代にこのメセナが評価され、社会に求められているのかがよくわかっていいと思います。

小栗:企業メセナ協議会が考える「メセナとは/ボランティアとは」というガイドラインをはっきりと打ち出してもよいのではないでしょうか。それに基づく「メセナアワード」ということであれば、一般の方にもわかりやすくなります。また、これから始まる「ThisisMECENAT」のような認定事業にはとても期待しています。これに認定されたことで催事の価値が広域に認められた証となるくらいに、協議会やメセナという概念が広く浸透してほしいです。

舟橋:これまでのネットワークを軸に、ICT環境を活用した積極的な情報発信と受信、会員同士が顔を合わせて連携できる機会の創出―そうした「メディア」としての協議会の新たな展開に、期待したいと思います。

[2014年2月5日、会場提供:大日本印刷(株)]
[構成:坂口千秋 写真:鈴木孝正]


舟橋香樹大日本印刷(株)ICC本部本部長、(公社)企業メセナ協議会理事
1.入社年:1978年
2.社内履歴:印刷物の制作部門、組織・能力開発を経て、新規事業開発を担当。2005年から文化活動を担当。11年から(公財)DNP文化振興財団兼務。


酒井香世子(株)損害保険ジャパンCSR部リーダー
1.1992年
2.損害保険営業部門、地球環境室を経て、コーポレートコミュニケーション企画部でCM企画・製作や社内広報を担当。2009年から現職。
消費生活アドバイザー。


吉川公二(株)フェリシモ経営企画室 広報部 部長
1.1984年
2.電算室・顧客サービス、ビジネス・デザインルーム、商品企画を経て、PR・パブリシティ、IR担当。2014年より現職。「神戸学校」(「メセナアワード2004文化庁長官賞」受賞)事務局。


小栗和子(株)ホテルオークラ東京営業企画部広報課
1.1994年
2.宿泊部フロント課を経て、広報課にてメセナ・文化活動を含めたPR担当。営業部にてホテル開業周年プロジェクトの記念事業およびビジョン策定プロジェクトに携わる。顧客課を経て2013年より再び広報課。

(2014年7月7日)

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