メセナのリスクとバイタリティ
『メセナnote』78号掲載(2013年9月発行)
私は遠く中国の小都市泉州で生まれ、日本でアーティストとしての旅を始め、今は世界を舞台に活動している。コマーシャルギャラリーに頼らず、数名の助手とともにアートプロジェクトを実現する私にとって、企業の支援は大きな力だ。幸運にも肝心な時にはいつも、よき理解者との出会いに恵まれてきた。
現代美術のコレクションで知られるドイツ銀行は1999年、フランクフルトに私を招いて、ある依頼をしてきた。今や銀行は業務のほとんどをウェブ上で処理し、顧客が銀行に出向いて作品を見る機会も少ない。そこで、美術館で鑑賞するような形態ではない作品ができないかというのだ。私は、太陽光発電の「衛星島」を2機打ち上げ、広大な宇宙を自由に飛ぶ作品《放生》を提案した。このプランはまだ実現していないが、ベルリンのグッゲンハイム美術館の個展では、大型作品《Head On》を彼らの支援によって制作できた。この作品は私の代表作となり、以後、世界各地で出品される際もドイツ銀行がスポンサーとなっている。
2008年、ニューヨークのグッゲンハイム美術館での回顧展では、何鴻毅家族基金* がスポンサーとなり、美術館の中央ロビーに9台の自動車を竜巻のように吊るすインスタレーションを実現した。その後、同基金は美術館と協力して、中国人アーティストに作品制作を依頼し、展示した後に美術館に寄贈している。
* The Robert H.N.Ho Family Foundation
05年にロバート・ホー氏により中国文化と仏教哲学の普及のために設立された基金。
http://www.rhfamilyfoundation.org/
資生堂と私の関係はさらに遡る。93年、中国・嘉峪関での《万里の長城を一万メートル延長するプロジェクト》で私は、旅行団を組織して資金を調達。参加者がそれぞれ30万円を出資し、半分は交通費や宿泊代に、もう半分を制作費にあてた。資生堂はこのプロジェクトに感銘を受け、翌年に資生堂ギャラリーでの展覧会「亜細亜散歩」に誘ってくれた。以来20年間、規模を問わず32回も私の活動を支えてくれている。アメリカのネバダ核実験場で行った、爆竹で小さなキノコ雲を出現させるプロジェクトから、ヴェネチア・ビエンナーレの大規模なプロジェクトまで、資生堂の名が表に出るわけでもないのに。
以前、火薬を使う私の作品と資生堂の化粧品にどんな関係があるのか、という質問が寄せられた時、彼らはこう答えた。「美と創造力は、私たちの共通の目的です。資生堂のメセナ担当が代わっても、ともに歩んだ歴史は変わらない。一人のアーティストと一つの企業が培った歴史は、日中関係の起伏を超え、新たな歴史をつくることができる」と。
「時光 -蔡國強と資生堂」展 展示風景(2007年 資生堂ギャラリー)
メセナには理念と創造力が必要である。アーティストを発掘し、有意義な作品を実現する力となり、いかなる作品が芸術史や現代社会に貢献するかを判断しなければならない。多くの若いアーティストに機会を与えることも必要だろうし、もし一人のアーティストを長く支援するならば、覚悟をしなくてはならない。なぜなら企業は、自らの理念と目標を何度も確認し、なぜ、このアーティストを支援するのかを常に答えなくてはならないからだ。そしてアーティストは、高い理想に向けて歩むために支援が必要であることを示し、たゆまぬ開拓精神を持って挑戦し続ける姿勢が求められるのである。
[翻訳協力:池崎拓也]
さい・こっきょう Cai Guo-Qiang
1957年生まれ。ニューヨーク在住。99年ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、2008年北京オリンピック視覚特効芸術監督、同年「I Want to Believe」展(グッゲンハイム美術館)、12年高松宮殿下記念世界文化賞。
(2014年7月11日)