「SDGsとメセナ」vol.3

SDGsで語るメセナ・メセナで語るSDGs[レポート]

2019年10月25日、浜松町コンベンションホールにて、「SDGsで語るメセナ・メセナで語るSDGs」が開催された。本イベントは「SDGsとメセナ」セミナーシリーズの第3弾にあたり、各企業の法務、総務、広報の部署に所属する方を中心に103名が参加した。
イベントには、(株)博報堂の川廷昌弘氏、キヤノン(株)の木村純子氏、立教大学/日本NPOセンター代表理事の萩原なつ子氏の3名が登壇し、各々の視点から「SDGsとメセナ」の価値や未来について語った。

SDGsで自分を変える、未来が変わる
まず、博報堂の川廷昌弘氏は、SDGsとは何かという基本的な理解を深めるべく、SDGsの成り立ちからこれまでの経緯を振り返り、そして企業のSDGsへの認知度・関心度を示すアンケート調査結果や、地方自治体のSDGs活動の具体例を紹介し、日本におけるSDGs取り組みの現状について解説し、多角的にSDGsにかかわる川廷氏ならではのメタ視点でSDGsについて語った。

1.SDGsは世界共通のコミュニケーションツール
SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、2015年9月の国連サミットで採択され、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のため、2030年までの達成を目指す国際社会の共通目標である。「17の目標」と「169のターゲット(具体目標)」で構成され、「17の目標」は世界共通のロゴがあり、カラフルなイラストとシンプルなキャッチコピーで図解化することで、誰もがいつでも目標を確認できるよう工夫されている。

2.日本のSDGsの主要テーマ「SDGsアクションプラン2019」
SDGsが採択された2015年9月の国連サミットで、安倍総理はSDGs実施に最大限取り組む旨を表明し、翌年5月にSDGs推進本部を設置し、日本におけるSDGsへの取り組みが本格的に始動した。そして今年、日本が「誰一人取り残さない」社会を実現するための政府の具体的な取り組みを掲げた「SDGsアクションプラン2019」が策定され、①SDGsと連動する 「Society 5.0」の推進、②SDGsを原動力とした地方創生、強靱かつ環境に優しい魅力的なまちづくり、③SDGsの担い手として次世代・女性のエンパワーメントを挙げ、すなわち、《企業》《自治体》《次世代・女性》の3本柱で日本がSDGsを推進することが示された。

3.企業とSDGs
(1)企業におけるSDGs取り組みの指標となる「ESG投資」
ESG投資は、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字を合わせた概念「ESG」を考慮した投資を指し、2006年に国際のアナン事務総長が、投資プロセスにESG観点を盛り込むべきだとしたガイドライン「PRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則」を提唱したことをきっかけに、広く知られるようになった。日本では、国連サミットでSDGs取り組みを表明した同年、世界最大規模の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名したことで注目度が高まり、今では2,000を超える年金基金や運用会社などがPRIに署名している。投資家がSDGsに積極的に取り組む企業に投資することで、企業はSDGsを達成する活動にさらに取り組めるようになり、結果的にESG投資により企業の持続的な事業展開が実現するといえる。

(2)日本企業におけるSDGsの認知度・関心度
関東経済産業局が2018年末に中小企業を対象に行ったアンケート調査によると、SDGsの認知度は2割にも満たず、4割以上が「SDGsは自社に関係ない」と回答している。一方、8割を超える経営者が「社会課題の解決を本業に取り入れることは重要」とも回答しており、SDGsへの理解が深まれば、中小企業がその取り組みに本腰を入れる可能性が大いにあるともいえる。日本社会における中小企業の割合は99.7%と圧倒的で、そこを動かしていく仕組みづくりを考え、企業がいつまでも元気に経営できるような社会をめざす必要がある。

4.自治体とSDGs
(1)神奈川県の事例
SDGsの達成に向けて優れた取り組みを提案する都市のみが選定される「SDGs未来都市」の一つでもある神奈川県は今年の夏、2030年までに、リサイクルされない、廃棄されるプラごみゼロを目指す「かながわプラごみゼロ宣言」を発表した。きっかけとなったのは、2018年に鎌倉市由比ガ浜でシロナガスクジラの赤ちゃんが打ち上げられ、胃の中からプラスチックごみが発見されたことだった。神奈川県はこれを「クジラからのメッセージ」として受け止め、持続可能な社会を目指すSDGsの具体的な取り組みとして、深刻化する海洋汚染、特にマイクロプラスチック問題に取り組むことを表明した。プラスチック製ストローやレジ袋の利用廃止・回収などの取り組みを進め、さらにはSDGsを多くの人に実感してもらいたいとしている。

(2)宮城県南三陸町の事例
東日本大震災で大きな打撃を受け、廃業に追い込まれていた南三陸町・戸倉地区のカキ養殖業者は、養殖業の復活の一環として、環境に負担をかけないかたちでの養殖業をゼロから始め、新しい漁業のあり方に挑戦。養殖用のイカダ数を震災前の1/3に減らし、必要以上に海を汚さない仕組みをつくり、SDGsの目標の一つである「持続可能な海洋資源の開発」を可能にした。また、養殖期間を短縮することにより、労働時間の削減も実現し、次世代に引き継ぎやすい労働環境をつくることで、漁業をめざす若手が少しずつ増えており、持続可能なまちづくりにも一役買っている。南三陸町は一つの自治体で海・養殖場(ASC)と森林(FSC)が国際認証を取得するなど、震災復興のなかで「環境と社会に配慮した活動」を進めている。

5. 次世代とSDGs
2020年度から実施される新学習指導要領でも、児童・生徒が他者を尊重し、多様な人々と協働しながら「持続可能な社会の創り手」となることが求められており、SDGsがいよいよ義務教育に入ってくる。博報堂では「未来を変える目標〜SDGsアイデアブック」を制作し、全国の学校に配布しており、SDGsを次世代にしっかり伝えることが重要だと考えている。
芸術文化の振興とこれを通した社会創造に取り組む活動でありメセナは「未来財務」ともいい換えられるが、たとえば目標11番のなかにあるターゲット11.4「世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する」を、企業メセナを通して芸術文化の力で次世代の感性を刺激し、子どもたちの豊かな心を育むことも、SDGs取り組みにつながる未来への投資といえる。
川廷氏は「SDGsというコミュニケーションツールを、国が、企業が、そして個人がいかに使いこなすかが問われている」とし、「2030年にどんな社会にしたいのか、自分自身はどんな風になっていたいのかを今一度よく考え、SDGsを《きれいごと》と揶揄するのではなく、むしろ《きれいごと》で勝負できる社会をつくり、未来を担う次世代に質の高いバトンを渡す」ことを参加者に呼びかけた。

 

企業のメセナ活動をSDGs視点で考えてみる

次に、キヤノンの木村純子氏は、自社グループのCSR活動の統括・推進に従事する立場から、メセナアワード2019で特別賞の文化庁長官賞を受賞した「綴プロジェクト」などのキヤノンが取り組む活動事例を通して、メセナ活動がSDGsでどのような役割を果たすことができるのか、その可能性について語った。

1.綴りプロジェクト
日本の貴重な文化財の中には、海外に渡っていたり、公開が制限されていたりと鑑賞の機会が限られている作品が数多く存在している。キヤノンは社会貢献活動の一環として、2007年、特定非営利活動法人京都文化協会と共同で「綴プロジェクト」を立ち上げ、日本の文化を未来へ受け継ぐ一大プロジェクトを始動した。
キャノンが誇る最新のデジタル技術と伝統工芸の技を融合し、貴重な文化財をオリジナルに限りなく近いかたちで復元することで、オリジナルの文化財を良好な環境で保存する一方で、高精細複製品を広く一般に公開することで、日本の優れた文化や芸術をより身近に接する機会を多くの人に提供している。完成した作品は、寺院や神社、博物館、地方自治体などへ寄贈する一方で、親子向けのワークショップを開催するなど体験型で展示を行い、教育現場の生きた教材として提供するなど幅広く活用されている。
木村氏は「この仕事を担当するまで日本美術への関心が薄かった」と語り、その理由に「子どものころに直接作品に触れる機会がなかったことが大きかったように思う」とし、綴プロジェクトを通して「日本美術の素晴らしさを再認識している。この活動をどんどん広げて全国の子どもたちに届けたい」と抱負を語った。

2.写真新世紀
キヤノンは、写真表現の新たな可能性に挑戦する新人写真家の発掘・育成・支援を目的とした文化支援プロジェクト「写真新世紀」を1991年から始め、テーマや作品形態、点数、国籍、年齢などを問わない公募形式によるコンテストを実施し、写真の持っている可能性を引き出す創作活動を奨励している。昨年、グランプリを受賞した、シンガポールのアーティストによる「Hanging Heavy On My Eyes」は、シンガポール政府が発表する大気汚染指標の記録を印画紙に焼き付けた作品で、このような現実社会に積極的にかかわり、社会変革をもたらそうとする「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」は実は海外からの応募作品に多い傾向がある。「写真新世紀」はキヤノンがカメラメーカーとして写真文化向上を目的として始めたプロジェクトだが、さまざまな受賞作品を通して、つくり手と鑑賞者の間で対話の場が生まれ、作品が内包する他者の視点や多様性を鑑賞者が自分の中に反映することができる点で、社会課題へのアプローチの手法の一つになっているともいえる。
キャノンはほかにも写真や映像を通じた支援活動を幅広く展開しており、福島の仮設住宅や借り上げ住宅などで暮らす住民のコミュニティづくりを支援する「福島コミュニティサポート」では、社員やOBが講師となった写真教室や写真撮影会、交流会などを行い、これまでに約600人が参加している。

3.Canon Bird Branch Project
キヤノンは生物多様性の取り組みの一環で、鳥をテーマにした事業所活動を展開しており、そのひとつが「Canon Bird Branch Project」である。東京都大田区下丸子に位置する本社構内の緑地帯を「下丸子の森」とし、バードバスや巣箱を設置し、野鳥が生息しやすい環境を整備しながらその生態を観察している。社員にもこの取り組みを身近に感じてもらおうと、構内で営巣したシジュウカラの巣箱展示会を行ったところ、多くの社員が興味を示し好評を博した。キヤノンは社内業績評価制度の指標のひとつに「生物多様性の取り組み」を加える試みも実施しており、まずは社員に関心をもってもらい、そこからさまざまな活動を通じて地域に、そして世界に広げて、大きなインパクトをもたらしていきたいと考えている。
木村氏は、キヤノンの企業理念が「共生」であることを挙げ、「SDGsを最初に聞いたときはどう理解すれば悩んだが、SDGsを世界との共通言語ととらえた瞬間、まさに「共生」と一緒だと理解した」と述べ、「私たちがメセナ活動を世の中に発信していくときや振り返るときに、この共通言語を使って今後はコミュニケーションをとっていきたい」と抱負を語った。

 

SDGsのルーツを探る

最後に、立教大学の萩原なつ子氏は、「環境とジェンダー」というテーマで長年研究を続けている専門家の立場から、環境問題に興味をもつきっかけ、企業メセナが環境問題に取り組むべき理由、そして企業メセナとSDGsの関連性について語った。

1.企業メセナとSDGs
メセナ協議会名誉会長の福原義春氏は企業メセナについて次のように定義している。「企業は経済活動のために環境に負荷を与え資源を消費し、文化を支える人材を労働力として収奪してしまうため、文化や次世代に還元する必要がある」。SDGsを「世界や地域の課題を読み解く装置」と解釈するならば、企業メセナはまさにSDGsそのものといってもいいだろう。たとえば、トヨタ自動車はメセナ活動について「地域文化活動、若手育成、裾野拡大を重点に、一人ひとりの心を動かす音楽などの文化・芸術活動を応援することで、いい町・いい社会づくりをめざす」との考えを明示しているが、自然を含めた地域の保全活動や文化活動が人々の感性を刺激し心を癒すことで、社会全体が笑顔にあふれ、メセナが最終的にSDGsへとつながっていくと考えられる。

2.環境問題とSDGs
環境問題提起の歴史を振り返ると、ところどころにSDGsのルーツを見つけることができる。ここでは、身近な生活の中で自然の異変に気づき、その背景を徹底的に調査し、科学や経済の発展の裏で深刻なレベルで環境破壊が進んでいる実状に警鐘を鳴らした、先駆的な女性二人を紹介する。

(1)エレン・スワロー
マサチューセッツ工科大学最初の女子学生であり、水質検査基準を確立したパイオニアでもあるエレン・スワローは、家政学の成立に貢献し、「家政学の母」と称されている女性。彼女はマサチューセッツの工場廃水や生活廃水による五大湖の水質汚染問題をきっかけに環境問題に関心を持ち、1892年、人々が環境と調和して生きるために必要な知識を身につけるための科学として「エコロジー」を創始した。のちにヒューマン・エコロジー の考え方を基礎においた生活環境改善のための経済学としての「家政学(Home Economics)」として発展させ、「今日もっとも緊急に必要なのは環境と調和して生きることのできる人々をつくり出す教育である」として、「優境学(Euthenics)」を創始し、今日の環境教育の礎を築いた。

(2)レイチェル・カーソン
1962年に出版され、鳥たちが鳴かなくなった春の出来事を通して農薬などの化学物質の危険性を訴えた『沈黙の春』。シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』と並んで環境保護運動に携わる人々のバイブルと言われ、「アメリカを変えた本」「世界を変えた本」といわれている。ニューヨーカーに連載していた『沈黙の春』を読み、感銘を受けたのがケネディ大統領夫人のジャクリーヌ・ケネディで、その後、ケネディ大統領が農薬の調査を命じるなどし、結果的に危険な農薬が禁止になった経緯がある。『沈黙の春』がなかったらSDGsはもっと遅かったかもしれないといえるくらい、環境問題を考えるうえでのバイブルである。

3. SDGsと消費者意識
SDGsの12番目の目標に「つくる責任 つかう責任」があるように、消費者がどのような価値判断で物を選ぶかによって、自分の生き方を変え、企業の在り方を変え、政策を変える力となる。このような環境の視点からより社会的な消費行動をとり、持続可能なライフスタイルをめざす消費者をエシカル・コンシューマー(倫理的消費者)と呼ぶ。たとえばチョコレートひとつにしても、原料の生産の背景には児童労働や森林破壊などの問題をはらんでおり、消費者がどこまで想像して物を購入しているかということが非常に重要な選択になっているともいえる。逆に言えば、消費者の意識が変われば、生産者の意識も必然的に変わらざるをえず、その流れがSDGsの枠組みのなかで、少しずつ普遍化しつつある。

4.環境保全と文化継承
漆器の表面に漆で絵や文様を描き装飾を施す蒔絵は、日本で一番小さなネズミ・カヤネズミと深い関係がある。蒔絵で使われる絵筆はカヤネズミの毛から作られているが、カヤネズミがほぼ絶滅しかけており、筆の入手が非常に困難になっている。自然環境が保全されないと、伝統文化も継承されなくなってしまうという、環境保全と伝統文化の密接な関係がわかる事例といえる。
SDGsの中には数多くのターゲットが提示されているが、一見バラバラのように見えて実は一つひとつがつながっている。これらの目標をどういう風に自分事にしていくのかということが大切になってくる。
萩原氏は環境問題を自分事としてとらえるヒントに、小さなハチドリが山火事を消すために黙々とひとしずくを運ぶ物語「ハチドリのひとしずく」を挙げ、「まずはSDGsに関心をもつこと、そして企業はメセナ活動を通してきっかけをつくること」を推奨し、SDGsおよび企業メセナの役割に期待を込めて講演を終えた。
(2019年11月18日)

【報告】石川聡子/メセナライター
出版社、キュレーションメディアを経て、2014年に独立。フリーのWEB編集者として編んだり書いたりの日々。2019年は「働き方」「地方創生」「アート」の取材に力を入れる所存。https://teamlancer.jp/users/3232

■開催日:2019年10月25日
■場 所:浜松町コンベンションホール 大ホール

 

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