「街とともに歩むデザインとアートのコンペ-TOKYO MIDTOWN AWARD-」
2008年からスタートした「TOKYO MIDTOWN AWARD」は、39歳以下の作家を対象としたデザインとアートのコンペティション。2022年で第15回目を迎え、東京ミッドタウンのコンセプトを具現化する企画として2008年より毎年実施している。同アワードを設立当初より担当されている東京ミッドタウンマネジメント株式会社の井上ルミ子さんに、その概要やコンセプトなどお話をうかがった。
街づくりの思想を創造的に実装していく試み
TOKYO MIDTOWN AWARDを主催する東京ミッドタウンマネジメント(株)は、東京・六本木にある文化施設、ホテル、約130におよぶ商業店舗、オフィス、住居、病院、公園などが集約された複合都市「東京ミッドタウン」の運営・管理業務全般を行う企業である。東京ミッドタウンは2007年に開業したが、以来、「『JAPAN VALUE』を世界に発信し続ける街」をビジョンとして掲げ、「DIVERSITY」「HOSPITALITY」「ON THE GREEN」「CREATIVITY」というコンセプトに基づいて街づくりを行っている。中でも、デザインとアートの新たな才能を育む「CREATIVITY」というコンセプトを具現化するため、才能あるデザイナーやアーティストとの出会い、応援やコラボレーションを目指して、デザインとアートの2部門の両軸で2008年よりアワード事業「TOKYO MIDTOWN AWARD」を実施している。立ち上げてから14年間で、延べ応募者数21,036組の中から、アートコンペでは75組・79名、デザインコンペでは120組・209名(延べ125組・226名)の受賞者・入選者が生まれている。
デザインコンペでは、受賞・入選作品の発表後、各作品の実現化および商品化をサポートし、提案されたデザインが一般の手に届くまで支援を行う。アートコンペでは、最終審査に進む6組の作家には制作補助金100万円が提供され、東京ミッドタウンのパブリックスペースに作品を設置する。審査後約1カ月、多くの人が行きかうパブリックスペースで展示を行う。両コンペとも、賞の授与だけにとどまることなく、レジデンスプログラムへの招聘、作品発表機会の提供、業務の委託、コミッションワークの発注など、受賞作家にはさまざまな機会を提供する。受賞作家と東京ミッドタウンのコラボレーションの機会を継続的に行うことで目指すのは、各作家の活躍の場を創出することだ。本アワードは、2016年にはメセナアワードで優秀賞「東京なかつまち技芸賞」を受賞している。
作品だけではなく、その作品を生み出す「人」にもフォーカスするアワードへ
アワードを立ち上げてから最初の10年は、応募されてくるアイデアや作品に着目し、審査対象も純粋に『作品』でした。アワードを通じて作家を「サポートすること」に注力した10年間だったともいえます、と井上さん。
「多少の入れ替わりはありつつも、毎年ほぼ同じ審査員陣で審査を重ねていただきました。思い返すと、8年目に入ったあたりでしょうか、審査基準には明文化されていなかった『作家の将来性』という視点が自然に審査中の議論にはいってくるようになりました。そして10年目を迎えた2017年に、アワードの次の10年のあり方を考え始めた中で出てきたキーワードが『作家と街との協業(コラボレーション)』でした。これまでのように『作品』だけを審査するのでなく、その作品を生み出す『人』にもフォーカスするアワードを目指そうと、賞自体が進化をし始め、少しずつ『サポートからコラボレーション』をする機会が増えていきました。
審査の現場で重視されるポイント
「デザインコンペの審査では、11年目から、2次審査を導入しました。2次では、各作家が模型制作とプレゼンテーション行うのですが、書類審査である1次審査の案から、2次を経ることで、大幅に作品のブラッシュアップが見られるようになりました。ここでどれだけジャンプできるかが審査の結果を大きく分けることになりました。アートコンペでは、審査員が作品自体の評価だけでなく作家としての持続性や、ここで選出されることがその作家にとってよいことか否か、ここで満足してしまうことで、作家のその後の飛躍を阻んでしまうのではないか、など、これまでとは違ったかたちで議論が白熱するようになりました。だからといって、人だけにフォーカスすることなく、東京ミッドタウンという多くの人々が行き交う公共の場所が持つさまざまな制約の中で、アート性をどのように引き出し、実現できているのか、など、作品についても多角的な視点を持って審査が行われています。」
応募者の多様化とアートとデザインの越境
「同じように、11年目くらいから、アートとデザインが重なる場面が増えてきました。デザインの領域も広がり、アートとデザインはまったく別物ではあるものの、お互いの領域を行き来するような動きが見られるようになってきました。たとえば、アートコンペに応募していた人が、翌年はデザインコンペに応募してきたりするのも、最初のころには想像できなかった現象です。2018年のアートコンペでグランプリを受賞したのは、デザインを専攻していた青沼優介氏でした。また、2020年のデザインコンペのグランプリに輝いたCAMOTESというグループは、それまではずっとアートコンペにチャレンジしてきたのですが、初めてデザインコンペに応募してみたところ、見事グランプリに輝きました。このような変化の根底には、教育現場や実務の場での領域の拡張や多様化があるのではないでしょうか。多摩美術大学の統合デザイン学科のように、以前よりも垣根を越えた実践を提供する機会が増えてきているのも興味深い現象です。こういった時代性が、応募されるアイデアや、作家のあり方に反映される点が、非常におもしろいと感じます。」
顕彰後、作家に対してどんな支援をしていくか、どんなコラボレーションをしていくかを企画するにあたっては、実際に受賞者にヒアリングをしたり、デザインやアートの現場でどんな支援が求められているかについてのリサーチを重ねる。TOKYO MIDTOWN AWARDをスタートして5年目に、ハワイ大学のアートプログラムへの招聘を開始し、2015年にはイタリア「ミラノサローネ」期間中にミラノで展示を行うなど、国内にとどまらず世界への発信も強化している。
アートコンペでは、受賞作家への展示の場を提供する重要性を意識し、地域および東京ミッドタウン内で実施されるイベント(六本木アートナイト等)にも優先的に参加できるような機会を提供し、デザインのコンペでは商品化サポートの提供を行うことで、受賞後も継続的に国内発表の場を設けている。近年、アートコンペでは、(滞在型制作)を希望する受賞者が増えていて、今後の支援の方向性や方法については、プログラムの提供をしながら検討を続けていく。
アートコンペとデザインコンペで選出された作品は東京ミッドタウンのパブリックスペースにて展示される。パブリックアートが社会課題の解決に貢献する可能性があるかという点については、「美術に関心がない人も通るスペースに作品を置くことは、作家にとっての大きなチャレンジだと捉えています。そもそも、作品の強度が十分でないと、美術に関心がない人には振り向いてもらえないし、それが、その作家がつくりたいアートなのか、という作品性とのすり合わせも必要になります。加えて、作品を実際に設置するとなると、本当に多くの制約と戦わなければならず、作家自身、アート性を保ちながらどのように実装していくか。このよいバランスを保つのが本当に難しい。ただ、難しいからといって、アクションを起こさないと何も生まれません。アワードを機会と捉えて、この場所に何を設置するのかを考えてみる。その行為自体が、ゆくゆくは、作品が社会に作用する可能性があるのか否かの答えを考えるスタート地点となるのではないでしょうか。」
ご担当者の思い
東京ミッドタウンマネジメント株式会社 タウンマネジメント部 企画グループ
シニアエキスパート 井上 ルミ子さん
―― 今の仕事についたきっかけ
「もともと政策科学や政治学を勉強していたので、文化の「ぶ」の字にも触れてこなかったのですが、たまたま語学ができたこともあり、誘致のために今の会社にかかわり始めました。最初は海外の医療機関やホテルの誘致などに携わっていたのですが、プロジェクトの途中段階で、パブリックアートを設置する企画が立ち上がり、仏ポンピドゥー・センターの元館長、ジャン=ユベール・マルタン氏が参画したことで、美術分野の通訳や翻訳をするようになったことがきっかけです。」
―― 仕事にやりがいを感じるとき
「とても単純なのですが、アワード出身者が、デザイナーやアーティストとして活動を続けていることを知る度に、大きなやりがいを感じます。親心に近いかもしれません(笑)。最近では、日本を代表する芸術祭の一つである、国際芸術祭『あいち2022』(旧称あいちトリエンナーレ)に受賞者が参加したことを知り、初日に直接会いに行ってきました。毎年受賞者が増えるので、今では見に行く展覧会や会いに行く作家が増えきてスケジュールがパンパンになることもしばしば。主に、SNSなどで情報を収集することが多いですが、TOKYO MIDTOWN AWARDでは、過去の受賞者の活躍を毎月追いかけていて、ニュースにまとめるかたちで、公式サイトやSNSで配信しています。きっとこの仕事を辞めたとしても、アワード卒業生のことは日本全国、また、世界でも追いかけ続けると今から確信しています(笑)。受賞から数年がたった作家から、「アーティストをやめようと思っていたけど、ミッドタウンアワードの受賞がきっかけで『やめることをやめた』んです」という声を聞いたときは、この事業を続けていてよかったな、と心の底から思いました」
―― 今後の目標について
「2022年で15回目の開催となりましたが、まずはTOKYO MIDTOWN AWARDの20周年を担当として迎えられたらなと思っています。コンセプトづくりから本アワード事業に携わってきましたが、いつか私が担当を外れるときが来ても、東京ミッドタウンが続く限りこのアワードが純度を保ちながら継続していける土台づくりを地道に続けていきたいです。
実際これまで続けてきたことで、何かが根づいたり、アイデンティティを持つのには、10年くらいかかるし、15年でやっと進化しはじめたような感覚を得られるんだ、ということがわかってきました。企業として何かの事業を、10年、15年と継続することは非常にチャレンジングですし、さまざまな理由で継続ができない場合も多いのですが、そこは知恵を駆使して、仕組み自体をサステナブルにすることができれば、ゆくゆくは何かそこから文化が生まれていくのではないか、そのように感じています。
今、同じチームでアワードを担当している同僚は、実は、過去にTOKYO MIDTOWN AWARDに応募経験のある作家だったり、彼女以外にも、社内にアートや建築などの素養を持った人材が集い始めたのも、ちょうど、数年前からのことです。何事も、2、3年では根付かせるのは本当に難しいのだな、と日々実感しています。」
2022年度のデザインとアートコンペで選出された作家の作品は、10月13日(木)から11月6日(日)まで東京ミッドタウンプラザB1に展示されている。この機会に東京ミッドタウンに足を運んでみては。
取材を終えて
以前、友人と東京ミッドタウンを訪れたとき、TOKYO MIDTOWN AWARDの受賞者の方々の展示を偶然見たことがありました。レストランでご飯を食べて買い物をした帰りに、駅を利用するために通りがかったのですが、思わず足を止めて、2人で作品に見入ったことを今でも覚えています。このような予期しない出会いが、その後、一つの体験として生き続けることもあります。
今回の取材を通して、デザインとアートコンペの両軸で15年も続く本アワードのコンセプトづくりから携われている井上さんやチームの方々から直接お話をうかがう機会を賜り、会社の賞という枠組みをこえた街づくりの考え方を引き継いだプラットフォームとしてのあり方が、多くの人々が通過しかかわり合う交差点としての役割を持つのだと感じました。
メセナライター:矢内美春
◎訪問日:2022年9月7日(水)
◎訪問先:東京ミッドタウン