株式会社さちばるの庭

「自然をつくり上げる新たなインスタレーション『さちばるやーどぅい』から考える事業とメセナ活動」

株式会社さちばるの庭 代表取締役 稲福信吉さん

 

沖縄旅行が好きな方であれば「浜辺の茶屋」というカフェの名前を聞いたことがある方も多いのではないだろうか。株式会社さちばるの庭(以下さちばるの庭)が経営する「浜辺の茶屋」は、沖縄の「海カフェ」「ロケーションカフェ」における先駆けの存在だ。2022年12月で創業28周年を迎えるが、現在でも「沖縄のカフェ」といえば筆頭に上がるほど、息の長い人気を誇る。

 

浜辺の茶屋 浜の目の前にあり、満潮時は海が石積みまで迫る

 

私の自宅は、ここから車で5分ほどの距離にある。以前は観光客の方の賑わいを避け、たまに訪れる程度であった。この地について深く知るようになったのはコロナ禍中だ。当地について文章を書くことになり、その取材を通して思いがけない発見がいくつもあった。

そのときに書いた文章を、メセナライターとして応募する際に参考資料として添付したところ、事例紹介としてここに発表する機会を得た。地方における新たなメセナの可能性を示す一例として紹介できればと思う。

 

メセナ活動のための事業活動

さちばるの庭 入口 グスクを模した石段がある

 

「浜辺の茶屋」は有名だが、その裏手に広がる「さちばるの庭」について知る人はまだそれほど多くはない。「さちばるやーどぅい」と名づけられた総面積6500坪の広大な敷地には「浜辺の茶屋」をはじめとし、以下の5つの施設が点在している。

カフェ「浜辺の茶屋」
(以下の施設は「さちばるの庭」内)
ベジタリアンレストラン「山の茶屋 楽水」
宿泊施設「ヴィラさちばる」4棟
リラクゼーションサロン「AMAMIKIYO(アマミキヨ)」
・イベント広場「さちばる広場」
(近隣の事業者を集めたイベント「浜辺のマルシェ」を隔月で開催)

さちばるの庭における飲食・宿泊・サービス事業から得られる利益は、実はそのほとんどが「さちばるやーどぅい」の空間を維持・発展させるために使われている。

今回、さちばるの庭の代表を務める稲福信吉さんに、本稿の取材を申し出たところ
「メセナとは?」
という疑問をいただいた。

メセナというと、一般的には事業で得た利益の一部を社会に還元する活動を指す。それは文化支援を通じた、自然保護や地域振興など多岐にわたる。しかし、さちばるの庭では事業の目的そのものが、文化支援であり自然保護であり、ひいては地域振興に結びついている。

稲福さんご本人は自覚されていないが、さちばるの庭が手掛けているのは「メセナ活動のための費用を捻出するための事業」といってもよいのではないだろうか。本稿では、さちばるの庭におけるメセナと、空間アートとしての機能について考察したい。

 

事業とメセナ活動がシームレスにリンクする「さちばるの庭」

17世紀から残る屋取の石積みとガジュマル。その周りに新たに植栽された植物

 

さちばるの庭の事業の「何が」メセナ活動なのか、もう少し掘り下げてみよう。

「さちばるやーどぅい」という名前は、かつてのこの地の名称である「崎原(さちばる)」に「屋取(やーどぅい)」を組み合わせたものだ。「屋取」とは、琉球国だった17世紀の沖縄で、薩摩藩の支配から逃れ地方に下った士族たちが開墾・居住した土地を指す言葉である。彼らの子孫である稲福さんは、この地に当時の士族たちが積んだ石積みを発見し「この歴史を残さねば」と決意した。現在も、石積みは当時のまま残され、決壊したものは新たな石積みと見分けがつかないように自然に補修されている。

庭への入口は、沖縄の城(グスク)の石積みにおける3種の手法(野面積み、布積み、相方積み)を取り入れて設計し、琉球石灰岩を使った100段の石段は手で積み上げた。かつて沖縄戦で被害を受けた当地には、現在も防空壕の跡などの戦争遺物が残されている。庭を巡ることで、沖縄の歴史について考えさせられる仕掛けだ。

 

「山の茶屋 楽水」奥にある岩が琉球石灰岩で壁の一部となっている

 

作庭の際に稲福さんがこだわったのは「もとからあるものをできる限り壊さない」ことだ。それはたとえば、何万年も前にここが海の底だったときのサンゴから生成された巨大な琉球石灰岩、戦火を生き延びたガジュマルの巨木、見事な枝ぶりに成長するであろうアカギなどである。庭の中にあるレストラン「山の茶屋 楽水」は、もとからあった琉球石灰岩を割らないように配慮した結果、岩を壁の一部として寄りかかるように建てるという、独自の内装となっている。

新たな植物たちは、この土地に元から根を下ろしていた植物と共生するように植栽された。その中には現在の沖縄では希少な種も含まれるそうだ。さちばるの庭は、種を保全する植物園としても機能しているのである。

「さちばるやーどぅい」がある南城市は、今ではカフェをはじめとして海を楽しむ施設が多数つくられ、那覇から40分という利便性の高さの割に自然が残されているため、移住先として人気も高い。その先鞭をつけたものの一つは間違いなく「浜辺の茶屋」であろう。「何もない」と思われていたこの地に「景観」という魅力を発見し、観光資源として打ち出した功績は大きい。

 

浜辺のマルシェ 2020年12月

 

さちばるの庭では、2020年に新たにつくられた「さちばる広場」で、2カ月に1度の頻度で「浜辺のマルシェ」を行っている。1000坪ほどの広場に出店するのは、地元の事業者たちだ。彼らにとって、マルシェは事業への認知を高めるとともに、コロナで失われた新たな利益創出の機会となっている。

さらに、海をバックとした石積みのステージにて、音楽やダンスなどを楽しむ個人・団体への発表の場を提供。手づくり感あふれるイベントは大好評で、2022年8月実施時には1000名を超える集客があった。稲福さんは「この場所が『さちばる』に人を惹きつける磁石になれば」と語る。

 

空間そのものを味わうインスタレーション作品

リラクゼーションサロン「AMAMIKIYO」からの風景 電線や道路が見えない設計が非日常空間を演出

 

「さちばるやーどぅい」を訪れる人たちは、初めはカフェや宿泊が目的だったかもしれないが、実際にこの地に立つとほかにはない魅力を感じるという。それは、施設以外の空間についても稲福さんが磨き上げ、世界観を統一させているからだ。

「『さちばるやーどぅい」は自分の作品」と語る稲福さんの目的は、この空間を味わい感動してもらうこと。結果的に利益につながるカフェや宿泊はあくまで空間装置にすぎない。一見、自然に見える庭、しかし巧みに人の手を入れてつくられたナチュラルガーデンというインスタレーション。

「自然がつくり上げたアート」ではなく「自然をつくり上げたアート」と呼ぶべき空間、それが「さちばるやーどぅい」である。

 

ヴィラさちばる「山の小屋」 ヴィラの中でも人気が高い宿

 

「さちばるやーどぅい」は成長する作品だ。無造作に見える自然の空間には、植物の成長を見越した緻密な計算が施されている。季節や天候によって、一瞬一秒ごとに違った表情を見せるため、訪れる人を飽きさせない。

庭を散策すると、オオゴマダラをはじめとした多くの蝶が見られる。これらは自然に集まったものではない。稲福さんは、蝶の幼虫が好む植物をエリアごとに植え分け、場所によっては違った蝶の群生が楽しめるようにしているのだ。

 

庭の中にある海を望むテラス

 

さちばるの庭の維持・拡大に稲福さんは、事業利益のほとんどを注ぎ込んできた。その整備のために「現場班」という専門スタッフがいる。稲福さんはその陣頭指揮を取り、自ら草木を植え、道をつくり、下草を刈り、剪定し、土壌を改良する―すべてが自然に見えるように。

これらの工程を稲福さんは「土地磨き」と表現する。その土地が持つ魅力を最大限に引き出す作品をつくり上げる活動だ。さちばるの庭が、作品として洗練されるほど、そこに人が集い、事業が回り、さらに庭に磨きがかかるという循環がある。

 

自家製小麦を使い、石窯で焼き上げるピザは「山の茶屋 楽水」の人気メニューの一つ

 

循環といえば、庭の持つサステナビリティにも触れておきたい。庭の中では、刈った草木、カフェ・レストランから出る残渣などを発酵させて腐葉土をつくっている。庭の敷地内で育てている植物や、野菜、ハーブなどの肥料として、さらには自家農園の小麦を育む土壌として活用するためだ。無農薬で栽培されたハーブや小麦はメニューのトッピングやパン・ピザ生地などに使われるという循環がある。事業活動で出たものを土に還し、そこから作物を得る。広大な庭が成せる機能の一つだ。

かつては故郷をはなれ、沖縄開発の一端を担ったという稲福さん。自然を切り開く仕事に疑問を感じ、40歳になった年に本事業をはじめた。「共存できる自然」をつくり上げるという新たな観点でつくられた作品は、多くの人を惹きつけてきた。それは、当地の出身でこの場所の自然を知り尽くした自分だからこそできることだとも語る。都市計画から忘れられた土地、しかしその魅力を引き出し、そこにあるものと共存しながら発展させていく事業活動のヒントとして、本稿が参考になれば幸いである。

 


取材を終えて
「メセナとは?」取材をお願いしてからこの方、稲福さんからずっと問い続けられた質問に、答えを返すつもりで書きました。この場所は、何度行っても見飽きることがありません。メセナ協議会への寄稿ということで「空間そのものを味わってもらうことが目的」という面から、稲福さんは人生を賭けたインスタレーション作品をつくり続けているという考えに至りました。
インスタレーションというと、自然の中に人工的なオブジェの存在感が際立つ作品を想像しがちですが、さちばるの庭は「人の手を加えながらも自然に見える作品」という観点でも新しい試みであると思いました。「この空間はアート」という稲福さんのライフワークをこうして広められる機会を得たことに感謝を申し上げます。

メセナライター:美里茉奈
・取材日:2022年10月22日(土)
・取材先:さちばるの庭(沖縄県南城市玉城字玉城18-1)

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