「エイブル・アート SDGs プロジェクト」-アート×福祉金融の価値共創-
近畿労働金庫(近畿ろうきん)は、営利を目的としない福祉金融機関として一般的な金融機関の枠を超え、地域共生の実現を目指した取り組みを続けている。
その象徴的な活動の一つである「エイブル・アート SDGs プロジェクト」の新たな橋渡しの取り組みとその現場における最前線の活動について、営業推進部 地域共生推進室の東中健悟室長、三田真也上席専任役、森下晃司次席専任役に話をうかがった。
プロジェクトの背景と目的
「エイブル・アートSDGsプロジェクト」は、アートを通じて障がい者の潜在的な可能性を引き出し、社会的な理解と共生を推進することを目的として立ち上げられた。
「プロジェクトの起点となったのは、2000年に当時の近畿ろうきんの担当者が出会った、たんぽぽの家の前理事長である故播磨靖夫さんが掲げたエイブル・アート・ムーブメントでした」と東中さんは語った。
「『価値の低いものとみられてきた障がい者芸術のすばらしさを知らしめ、障がい者の地位を高め、その活動を通して “誰も疎外されたり、排除されない社会” の実現をめざす』というエイブル・アートの理念と、人々が喜びをもって共生できる社会の実現に寄与するという労働金庫の理念が重なり、共感が生まれたところから始まりました。
この近畿ろうきんによるエイブル・アートプロジェクトは、障がい者が手掛ける芸術作品の社会的価値を広めるとともに、障がい者が暮らしやすい社会づくりを目指す取り組みです。福祉金融機関として何ができるかを模索しつづけ、プロジェクトのかたちを整えていきました。」と語る。
2000年からは、近畿2府4県を舞台に、障がいのある人と地域をアートでつなぐ「ひと・アート・まち」 を2019年まで19年間開催し、芸術、福祉、金融といった分野を超えた社会的な架け橋を築いた。地域の公共の場や職場・店舗などでの障がい者アートの展示、NPOや学生と連携したワークショップ、シンポジウムなどのさまざまなプログラムを展開し、過去24回の開催を通して、のべ14万人が来場した。その中でも、2006年度メセナアワード「文化庁長官賞」に選ばれたのはその代表的な成果といえる。
2020年からは、プロジェクトの基本的な考え方はそのままに、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の理念が、近畿ろうきんの活動理念と重なることを活かし、このプロジェクトをSDGs推進の柱に据えた。今まで以上に「障がい者と地域」、「アートと日常」をつなげることで、SDGsの理念である「誰一人取り残さない」社会づくりに寄与するため、「ひと・アート・まち」から「エイブル・アート SDGs プロジェクト」へバージョンアップさせた。
さらに2024年度からは、 たんぽぽの家の現理事長の岡部太郎さんの企画協力を得て、労働金庫と同じ非営利・協同セクターの仲間でもある生協(生活協同組合)が企画・運営に携わり、三者で協働して「障がい者アートを日常生活のなかでたのしむ」をコンセプトに、奈良県の市民生活協同組合ならコープ(以下、ならコープ)の店舗で各種プログラムを展開する「ARTS in CO-OP~生活とアートの協同~」を実施して、プロジェクトを進化させた。
障がい者・高齢者の福祉・働きがいや、人権、貧困、教育、ジェンダー、環境保護など、地域でSDGsの課題に向き合う取り組みを「アートの視点からエンパワメントする」ことを通して、「誰一人取り残さない」 社会づくりに取り組んだ。
具体的な取り組み
1. ARTS in CO-OP展
「ARTS in CO-OP展」は、このプロジェクトの象徴的な取り組みである。ならコープの店舗がある地域で暮らす障がいのある人が、店舗を訪問し、売り場やバックヤード、コープではたらく人たちと出会いながら、そこで見たものをテーマに作品を制作、店舗に展示をする企画である。なおかつ、制作の一部を、その店舗内で実施することで、制作過程も地域の方々に見ていただき、「どんな作品ができあがるのか」というワクワク感を醸成し、単なる場所の提供にとどまらず、障がい者と生協組合員が互いに学び合える場をつくることを目指し、障がい者が制作したアート作品を地域社会に広く発信し、彼らの自己表現の場を提供する展示や、アトリエの出張開催を通じて、双方が「理解を深め合う関係」を築くことができたという。来場したお客さんは、新しい取り組みに感動し、展示会を通して身近な場所で障がい者に対する社会的な認識を変える契機となった。
2. にぎわいマルシェ
「にぎわいマルシェ」は、障がい者支援団体や地元事業者が参加する地域交流イベントである。このイベントでは、障がい者が制作した手づくり品やアート作品を販売し、地域住民との直接的な交流を図った。販売の場は、障がい者自身が社会との接点を持つ重要な機会となっただけでなく、地域住民に障がい者支援の必要性を身近に感じさせる場ともなった。このような取り組みを通じて、障がい者が社会の一員として役割を果たし、地域社会にとって欠かせない存在であることを身近に感じられる企画である。
3. ワークショップ de SDGs
世代を超えた参加者を対象に実施された「ワークショップ de SDGs」は、ウガンダの元こども兵の社会復帰に活用されているペーパービーズアクセサリーをつくりながら、平和について考えるワークショップ。SDGsの理念を広めるとともに、アートを通じて持続可能な社会の実現を考える場である。このワークショップでは、参加者が手を動かし、創作活動を通じてSDGsの目標を体感し、かつ「視覚や触覚を使った学び」が、参加者にとって分かりやすい体験となり、特に子どもたちに対し、SDGsを抽象的な概念から具体的なイメージや行動へと結びつける重要な役割を果たしたのではないか。
たんぽぽの家×生協×近畿ろうきんの連携
プロジェクトでは、地域社会や多様なステークホルダーとの連携を重視した。たんぽぽの家と、ならコープと、近畿ろうきんがタッグを組み、実行委員会形式でプロジェクトを進めてきた。定期的に会議を重ね、忌憚のない意見交換をして上記プロジェクトを企画してきたという。「3時間の会議が5分に感じた」と、ならコープの役員の人が笑っていっていたというエピソードからも、その会議の楽しさがうかがえる。
さらに議論が白熱し、予算オーバーになってきた際に、たとえばARTS in CO-OPの缶バッジをつくってならコープの従業員に配りたいが、予算が足りない状況が生まれた際は、ならコープの担当者が決断して自己予算を捻出し、作成したとのことだった。
成果と今後の展望
本プロジェクトは、SDGs目標10(人や国の不平等をなくそう)や目標17(パートナーシップで目標を達成しよう)の達成に大きく貢献した。障がい者の社会参加や自己表現を促進しただけでなく、地域住民が多様性を尊重する意識を育む機会を提供した。また、金融機関としての新たな役割を示すことで、他地域や他業界に波及効果を与える可能性も高まった。
今後の展望として、2025年は2012年に開催して以来の13年ぶりの国際協同組合年である。「エイブル・アート SDGs プロジェクト」を継続し、生協との連携も継続し、協同組合間協同のシンボルになるような取り組みができればと考えているとのこと。
アートが持つコミュニケーション促進の力を最大限に活用し、障がい者支援のみならず、より広範な社会課題の解決に貢献していくことが想像できる。
今回のプロジェクトを終えての担当者のメッセージ
東中さん:2010年ころ、近畿ろうきんで「心のそしな事業」(窓口で渡す「粗品」の代わりに、粗品分の費用をフィリピンの貧しい子どもたちの給食代として寄付するしくみ)を企画・実施をしたときに、近畿ろうきんの取り組みを社会に受け入れていただいたという実感があった。
そのときに、こういうものの売り方があるんだと気づき、社会貢献を事業に組み込み、理念でしっかり事業を回すということをしたいと思いました。CSR(企業の社会的責任)にとどまらず、コーズ・リレーテッド・マーケティング(企業が特定の社会的な目標や課題に対して積極的なアクションを起こし、それを事業活動に統合するアプローチ)によって、生協さん良し・たんぽぽの家さん良し・ろうきん良しの「三方良し」の持続する仕組みをつくりたいと思いました。
三田さん:「ARTS in CO-OP」という一つのプロジェクトにおいて、業種が異なる三者が集まると、本当にいろいろな意見や発想が出てきたことに驚きました。それらの新たな発想を一つひとつ積み上げていくことで、大きな力となり、新しい価値をつくることができるんだなぁと思いました。そのプロセスに無限の可能性を感じることができました。
そして、なにより楽しかったです!
森下さん:先ほど、アートと福祉金融の接点について、話がありましたが、2000年にエイブル・アートプロジェクトを始めた当時の近畿ろうきん担当者の言葉に、「金融は神出鬼没である」という言葉があります。お金を扱わない団体・個人は存在しないことから、金融はあらゆる人や団体の活動、場所に出ていき、つながることが難しい人や団体同士をつなげることができるという意味です。
まさにこの意味において、今回のプロジェクトで金融機関であるからこそ、生協さんとたんぽぽの家さんをつなげることができたと感じました。
また、アートにも生協とろうきんをつなげたように他者をつなげる力があると実感できました。これからもアートを通して社会をよりよくするよう取り組みたいです。
取材を終えて
「エイブル・アート SDGs プロジェクト」では、近畿ろうきんと、たんぽぽの家と、ならコープによる、それぞれのリソースや得意分野を生かした価値の共創が生まれているとそれぞれの言葉から感じ取ることができた。また、その共創の楽しさが、まるで学生が学園祭のイベントをつくり上げるような熱中して取り組んでいる楽しさが伝わってきた。
特に印象的だったのは、東中さんが語った、社会貢献の取り組みをそれだけで完結させずに近畿ろうきんの事業に組み込み、組織に還元して好循環の動きをつくり出すコーズ・リレーテッド・マーケティングの手法を意識している点であった。これはまさに、共通価値の創造(Creating Shared Value)[i]を体現する取り組みでもあると感じた。
異なる分野のリソースをうまくコーディネートして、価値を共創し、社会課題を解決しつつ、自社の発展につなげる試み。そして何より楽しく取り組む姿に、強く希望を感じた。
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[i] 企業が本業を通じ、企業の利益と社会的課題の解決を両立させることによって社会貢献を目指すこと。2011年にマイケル・E・ポーターとマーク・R・クラマーが提唱。CSR(企業の社会的責任)よりさらに踏み込み、より直接的に課題の解決を図ることで、企業価値の向上を目指す経営戦略のフレームワーク。
取材日:2024年11月29日(金)
取材先:近畿労働金庫
近畿労働金庫本店 ろうきん肥後橋ビル(〒550-8538 大阪市西区江戸堀 1-12-1)
写真提供協力:一般財団法人たんぽぽの家