花王株式会社 花王ミュージアム

「清める」文化に日本人の暮らしと心を見つめる―花王ミュージアム訪問記―

矢口晴美[メセナライター]

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 東京・墨田区の花王・すみだ事業所内にある花王ミュージアムを訪ねた。
同館は、「清浄文化史ゾーン」「花王の歴史ゾーン」「コミュニケーションプラザ」の3つの空間に分かれている。中でも注目すべきは清浄文化史ゾーンだ。洗濯、掃除、入浴、化粧など、物や体を洗ってきれいにする清浄文化をテーマにしたミュージアムは、世界でも類を見ない。

清浄史全景

 「2007年に当館を拡大リニューアルした際、最も力を入れたのが、清浄文化史ゾーンです。“清浄”とは単に清潔を保つことでなく、心に通じるものであり、健やかで豊かな生活の基本は洗浄であるという花王の思いが込められています」と丸田誠一館長は話す。
3年の準備期間をかけて、美容・化粧・衛生・風呂・宗教などの分野の専門家に監修を依頼し、客観性とストーリー性を併せ持つ構成につくり上げた。

丸田館長の案内で館内を回る。まずは、清浄文化史ゾーンだ。最初の展示品は、シュメールの粘土板(右の写真)。
「油と木灰を混ぜて石鹸を作ったとの言葉が彫られています。当時は消毒薬や下剤として使ったようです」と丸田館長が説明してくださる。
すぐ先にはポンペイのクリーニング店の復元模型があり、紀元前1世紀に既にクリーニング店があったことに驚かされる。

古代世界史の次は、当ゾーンの肝である「日本人と清浄文化」のコーナーだ。
「日本人は世界最高レベルの清潔感を持つと言われますが、そこには、身を清めると心も清まる、心が清まれば道徳心や倫理観も備わるという日本独自の清浄観が息づいています」。丸田館長の言葉に力が入る。
壁一面に展示されているのが、「洛中洛外図」の拡大再現図だ。よく見ると、掃除や洗濯をしている人の姿が何カ所にもある。タッチパネル式の画面に触れると、どんどん絵の中に入って掃除や洗濯の様子を詳しく見ることができて、楽しい。

室町時代のお寺での入浴する様子を描いた絵画も興味深い。
「当時、お寺では奉仕活動や説教の後に風呂を用意し、布教に努めたそうです。お風呂を愉しみに来る人も少なくなかったでしょうね?」と丸田館長はユーモアたっぷりに話す。
江戸時代のコーナーには、江戸の銭湯の復元模型や化粧品、ヘアケア、オーラルケアの品々が展示されている。ツゲの櫛で髪の汚れを取り、歯ブラシは柳の木、歯磨き粉は房州砂の白濁水を煮込んだ研磨剤を使っていた。自然素材を生かし切り、徹底的にリサイクルしていた江戸時代の暮らしぶりに感心してしまう。
明治になると、それまで舶来品だった石鹸が、国内でも製造されるようになり、明治23年、花王石鹸第一号が登場する。
戦中は、油の供給がストップし、石鹸もない困窮した生活を強いられた。戦後は一転、高度成長時代を迎え、次々と新しい工業製品が現れる。

江戸の銭湯


花王石鹸第一号

高度成長時代を象徴する展示が、「あこがれの2DK」だ(右の写真)。取り壊しが決まった団地から一部建材を移設したものだけにリアルで、隅々まで覗きたくなる。
1970年代以降は、花王の商品の歴史がそのまま清浄史に重なる。アタック、花王ホワイト、マジックリン、ビオレ、メリット……。今も私たちの身近にあるこれらの製品が、洗濯・掃除・洗顔・洗髪などにおける課題を克服し、近年の清浄史をつくってきたのだ。
以前テレビ番組で視聴した大英博物館館長の言葉を思い出す。「私たちは歴史の多くを“本”や“活字”から学ぶ。しかし“モノ”は、ときに活字以上に雄弁に文化を語る。活字はその時代の勝者の考えだが、モノは庶民の生活をありのままに表している」。花王ミュージアムの展示を見ていると、その時代時代の庶民の暮らしが血の通った文化として感じられる。
ふだん何気なく使っている生活周りのモノは、私たちの行動や思考を反映している。今から数十年後、私たちの暮らしが、洛中洛外図や「あこがれの2DK」のような展示物になったらどんなだろう?

清浄文化史ゾーンの次は、「花王の歴史ゾーン」だ。
ここで印象的だったのが、パッケージデザインの展示だ。花王は、1931年の「新装花王石鹸」発売に当たり、パッケージデザインを一新。一流のデザイナーや美術館によるコンペの結果、最年少の原弘の作品が選ばれた。バーミリオンオレンジの地に「Kwao Soap」のローマ字を白抜きにした、今見ても斬新なデザインだ。
数々の贈答品用石鹸のパッケージの展示は、グラフィックデザインの流行の変遷を見るようだ。野立て看板やポスター、CMなど、時代の先鞭をつけた広告の移り変わりを見るのも面白い。

新装花王石鹸

野立て看板

最後は「コミュニケーションプラザ」のゾーン。肌、髪、健康状態などを測定できる展示があり、楽しめる。花王が、ユニバーサルデザインやトクホでも業界をリードし、さまざまな工業製品や加工食品の素材でも高いシェアを持つことを、知ることができた。

UDコーナー

花王ミュージアムは、東京工場とあわせての見学(事前予約制)といった形で一般公開されており、リニューアルから8年間、毎年年間2万人の人が訪れる。来館者の内訳は、花王社員、会社関係のお客様、一般のお客様がほぼ同じ比率だ。新入社員は必ず来館し社の歴史と理念を学ぶ。現在は社員6,664人の規模を誇る花王だが、戦中・戦後はいつ会社が傾いてもおかしくない苦難の時期があった。さまざまな人たちの助けで今があることを、展示を見ながら話を聞くことで、実感を持って知ることができるという。
今回、丸田館長は、1時間半つきっきりで館内を案内してくださった(それでも見切れないほど多くの展示物がある)。当館では、同様に、全ての来館者に対してフルアテンドするのが基本だそうだ。展示物の背景まで含めて花王のことを知ってもらうため、1グループ当たり一人のガイドが付き、約1時間半かけて案内する。
「フルアテンドが基本のため、ご案内できる人数が限られ、お申込みいただいてもお断りしている状況です。申し訳ないのですが、コミュニケーションを大切にしたいので、今のやり方を続けていくつもりです」と丸田館長は話す。

花王ミュージアム 丸田館長

清浄文化という新しい視点に気付かせてくれる花王ミュージアムをぜひ訪ねてみてほしい。

2015年9月25日訪問
(2015年10月30日)

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