メセナアワード2024贈呈式
2024年11月26日(火)、「メセナアワード2024」贈呈式をスパイラルホール(東京)にて開催しました。贈呈式では、各受賞活動の紹介に続き、企業メセナ協議会より「メセナ大賞」(1件)および「優秀賞」(5件)の受賞企業へ表彰状とトロフィーを贈呈。受賞企業の代表者はそれぞれ受賞の喜びをスピーチされ、選考委員からは選考評が述べられました。当日はYouTubeでライブ配信も行い、芸術文化支援に携わる全国の企業・団体の方々にご覧いただきました。
(アーカイブ動画:https://youtube.com/live/1CV-1EiBjOo)
メセナアワード2024贈呈式 受賞者スピーチ
カトーレック株式会社 代表取締役社長 加藤英輔 様
メセナ大賞:カトーレック株式会社 四国村ミウゼアムのリニューアル
このたびは、メセナ大賞を受賞いたしまして大変光栄でございます。私どもにとって大きな喜びであり、また大変力強い励ましでございます。心より御礼申し上げます。
「四国村ミウゼアム」の代表的な産業遺産は、砂糖をつくる建物と道具でございます。江戸時代の後半から明治にかけて、讃岐は白砂糖の生産が全国一でした。今でも香川県で食べる正月のお雑煮は、あんこが入った「あん餅雑煮」でございまして、やはり砂糖の生産地だったからだと思います。また、先ほど「キツネ」という道具を説明しました。砂糖をつくることは、たいへんな苦労があり、古い記録を見ると「睡魔に襲われて不具者が続出した」と書いてあります。指だけではなく、着物や髪の毛を挟まれたということで、随分悲惨だったのだろうと思います。そこで、あのような道具を考え出しました。そうして苦労してつくった砂糖を使ってあんこを炊き、正月には家族揃って「今年も息災で幸せな1年になるように」と願ってあん餅雑煮を食べたのだろうと思います。そうした光景を思い浮かべますと、私どもが伝えたいと思っている先人の労苦、知恵、祈り、こうした言葉が重なって見えてくるように感じます。
砂糖と並ぶ産業遺産が、醤油づくりにまつわる建物・道具・資料などでございます。麴を育てたもろみ、醤油を発酵させた木桶、醤油を絞った絞り袋など、さまざまなものがございますが、中でも面白いと思うのは、醤油の注文はがきです。昭和10年頃のもので、全部で259枚あります。当時はスーパーもコンビニもありませんから、醤油を手に入れるには直接その醤油屋に買いに行き、近所にない場合ははがきで注文しました。どのような文章かというと、
「拝敬 きびしいお寒さですが皆様お揃いお達者にて御暮らしの御事と存じ上げます さて貴家よりお送り頂き居りますお醤油 大分前より 切れて居ります お手数ながら何卒此の葉書 着き次第 お送り下さいますやう 願い申し上げます」
と。こうしたはがきを受け取ると、醤油屋の小僧さんが自転車に乗せて醤油を届けたということです。醤油屋とこのはがきの差出人は、おそらくお互いの家族構成まで知っているような間柄だったのではないかと想像します。今から約90年前、実に時間はゆっくりと流れていたわけです。今お話しした砂糖と醤油にまつわる道具などは、それぞれ国の重要有形民俗文化財に指定されております。
「民俗学」というと、古い暮らしを研究する学問というイメージがあるかもしれませんが、 民俗学の父といわれた柳田國男は、そうではなく、現代つまり今という時代を知るために過去を参照する、それが民俗学だと考えたようです。21世紀、まさに快適で安全で効率的な社会に私たちは暮らしていますが、今という時代をもっと知るために参照する・参照される、それが四国村ミウゼアムの存在意義であると思います。今後とも、今という時代を映す鏡であり続けたいと考えております。引き続きのご支援ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。
大分県信用組合 理事長 𠮷野一彦 様
優秀賞:けんしん創立70周年記念 第32回けんしん美術展
このたびは数多くの素晴らしいメセナ活動の中から、私どもの「けんしん美術展」に対しまして「メセナアワード2024」優秀賞をいただき、誠にありがとうございました。審査員の皆さま、企業メセナ協議会の皆さまに心より御礼を申し上げます。
私ども大分県信用組合は、昭和28年、戦後の大分県経済の発展・復興を目的として設立され、常に大分県民とともに歩みを進めてまいりました。近年では、預金・融資・為替業務に続く第4の業務として地方創生業務を掲げ、県内自治体、大学、その他の団体など132先と包括連携協定を締結し、活動を続けています。
今回受賞した「けんしん美術展」は、平成4年に企業のメセナ活動としてスタートしました。その後、社会情勢や経済状況の変化の中で、大分県の芸術文化振興のため33年にわたり、その志を守り続けてまいりました。大分県在住の優れた洋画家、日本画家の才能の発掘と育成、さらには美術活動の振興を目的に、美術愛好家の皆さまの作品発表の場として、学生からご高齢の方まで年齢を問わず幅広い層の方々から支持をいただき、大分の秋を彩る美術展へと育てていただきました。歴代33作の大賞作品は、私どもの所蔵として本店の役員室に常時展示しています。これまでに民間のギャラリーや県内の大学での展示会、公立美術館における「けんしん美術展特別展」も開催してまいりました。
今回の受賞に際しまして、改めて美術展を支えてくださった審査員の方々、本展を愛し作品を出品していただいた大分県民の皆さま、これまで「けんしん美術展」を支えてくださいました全ての皆さまに、この場をお借りして心より御礼を申し上げます。地方の一金融機関の小さな活動ではございますが、この受賞を励みに、今後とも大分県民の皆さまの芸術文化発展と振興のために力を注いでまいる所存でございます。本日は誠にありがとうございました。
花王株式会社 執行役員 PR戦略部門統括 村田真実 様
優秀賞:花王国際こども環境絵画コンテスト
このたびは、メセナアワード2024優秀賞という栄えある賞をいただき、誠にありがとうございます。社員一同、大変うれしく思っております。まずは、選考にあたられました先生方、そして企業メセナ協議会の皆さまに心より感謝申し上げます。先ほど、先生方から多岐にわたるメセナアワードの意義についてお話をうかがい、私たちもあらためて襟を正して努力していこうと強く感じております。
私ども花王は、「豊かな共生世界の実現」をパーパスとして掲げ、現在だけでなく未来の人々や社会、地球が健やかであること、そして子どもたちがいつまでも笑顔で過ごせるよう願いを込めて、事業活動と社会貢献活動の両輪でさまざまな取り組みを推進しております。今回受賞した「花王国際こども環境絵画コンテスト」は、子どもたちが地球環境や未来についての想いを絵画で表現する独自の活動です。2010年にスタートし、今年で15年目を迎えましたが、これまでに約100カ国から16万点もの応募をいただいております。1 枚1枚の絵には、非常に大きな子どもたちの未来への期待が込められており、私たちも毎年その想いに圧倒されています。
また、これらの絵を私たちの会社だけでなく、より多くの方々に見ていただくために、積極的に展示活動も行っています。これらの活動を通して、世界中の人々がともに持続可能な社会に向けて、自分たちが何をすべきかを考えるきっかけを提供することも私たちの使命と考えております。生活習慣を変える、社会を変える、そして将来的には地球の未来を変えることを目指していますが、これは私たちの活動だけでは実現できないものです。企業、団体の皆さまとともにこの活動をさらに大きくし、少しでも子どもたちの夢を叶えていければと考えております。
最後になりますが、世界中の応募してくださった子どもたち、そしてこの活動をともに進めてくださっているパートナー企業の皆さま、さらに私ども社員が熱い想いを持って活動を毎年進化させていることに、あらためて感謝申し上げます。
冒頭で申し上げた通り、先生方のお話をうかがい、私たち自身が企業活動と社会貢献活動を発展させる重要な役割を担っていると実感しております。これからも精進してまいりますので、引き続きご指導・ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。
公益財団法人鹿島美術財団 事務局長 山下真一郎 様
優秀賞:ボストン美術館 日本美術総合調査・図録・派遣研究者へのオーラルアーカイブ
理事長 鹿島公子に代わり、ひと言御礼のご挨拶を申し上げます。このたび、鹿島美術財団ボストン美術館共同調査に関連する3つの事業―1.ボストン美術館所有の日本美術品の調査、2.図録の刊行、3.口述記録であるオーラルアーカイブの公開―が、「メセナアワード2024」優秀賞を受賞しましたこと、誠に有難く光栄に存じます。
この共同調査は、当財団の当時選考委員で、現在理事であられる辻惟雄東京大学名誉教授のご提案に基づき、多くの専門分野の研究者がボストン美術館に派遣され、調査が行われました。調査をされた研究者は、辻名誉教授から次の世代、そして次の研究者へと受け継がれ、最終的に図録の刊行、オーラルアーカイブの公開に際しては、髙岸輝東京大学教授に多くの労を取っていただきました。また今回の受賞は、アン・ニシムラ・モースシニアキュレーターほか、ボストン美術館の方々、先月ご逝去された当財団の高階秀爾選考委員、そして河野元昭選考委員をはじめとする選考委員の先生方、また、ここに全てのお名前は挙げられませんが、日米の多くの研究者との協働によるものであり、出版に際しては、中央公論美術出版の鈴木拓士編集部長にご尽力を賜りました。この場をお借りして改めて厚く御礼申し上げます。
このたび表彰していただいことを通じ、日本の美術品がこれからも伝承され続け、そして研究者の皆さまのご活動とご研究にさらなる光があたるのであれば幸いに存じます。今後とも財団一同、微力ながら美術の普及・振興に努めてまいる所存であります。ご臨席の皆さまをはじめ関係各位におかれましては、今後ともご指導ご支援賜りますようよろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。
公益財団法人クマ財団 事務局長 野村善文 様
優秀賞:奨学金や助成金、ギャラリー運営を通じた若手クリエイターの育英支援事業
このたびは、大変名誉ある賞を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。選考委員の皆さま、並びにご関係者の皆さまにも重ねて御礼申し上げます。
私は、株会社コロプラというスマホゲームの会社を16 年前に創業いたしまして、私自身ゲームクリエイターとして、もの作りやエンタメ業界に携わってまいりました。クマ財団は、8年前に次世代を担う学生クリエイターを支援するため設立をいたしました。
当時、私が学生の頃の話ですが、パソコンを購入する資金がなく、そもそも創作活動の資金、そして時間がなく、創作活動の時間を削ってアルバイトに励む日々を送っておりました。当時のパソコンは現在のように決して安価なものではなく、学校に通いながらアルバイトをし、家に帰ってそしてまた学校に行きアルバイトに行く、そういった生活を送っておりました。そんな日々を経て、ようやく1台購入できたこと、そして創作に没頭できたその時の喜びを今でも鮮明に覚えております。
今こうして振り返ると、バイトなどの働く経験も社会的に意義があったとも思いますが、同時にものづくりに没頭するためのあの時間やエネルギーというのは、若い時に限られたある種の特権でもある、と感じます。創作意欲に溢れる若い才能が作ることに没頭し、そしてともに切磋琢磨できる同志を見つけ、高め合うことができる環境を提供することで、何か社会に貢献できないだろうか。そういった想いでクマ財団を立ち上げました。
微力ながらではありますが、これまでに300名強の学生クリエイターを支援してまいりまして、その中には油絵で絵を描くものから、布から服飾をつくりファッションデザイナーとして活躍するもの、ロボットをつくるものまで、その領域は多岐に渡ります。そういったさまざまな領域の若い才能が社会に新しい価値を生み出す、そういった一助となっているのであれば、私どもにとってこの上ない喜びです。
最後になりますが、これまでご協力いただいた多くの支援者やパートナーの皆さまのおかげで今ここに立つことができています。この場を借りて深く感謝申し上げます。これからも我々は活動を推進してまいりますので、皆さまの温かいご指導ご支援をお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。
公益財団法人ニッセイ文化振興財団 理事長 鬼頭誠司 様
優秀賞:ニッセイ名作シリーズ
私どもはこの事業「ニッセイ名作シリーズ」を今回評価いただいたのですが、その前身である「ニッセイ名作劇場」がスタートして30年目を迎えた1993年にメセナ賞を頂戴し、60周年を迎えた今年、再び受賞いたしましたこと、本当に感慨深く、またありがたく嬉しく感じているところでございます。
「ニッセイ名作シリーズ」は、良質で本物の舞台芸術を子どもたちに届け、その豊かな情操、そして多様な価値観を育む、ということを理念にしております。この「ニッセイ名作劇場」からカウントして、今年60周年を迎えたわけですが、今年その事業の初期の頃に、この舞台をご覧になった方からお手紙を頂戴いたしました。ちょうど 60周年ということをお知りになっていただいたと思うのですが、私どもの事業の本質を捉えておられると思いますので、その一部を原文のままでございますがご紹介したいと思います。
「生活に精一杯の家庭では、『ミュージカル』なんて単語はなかったと思う。劇場に行くらしい、って家を出ました。小学校の先生に引率され、雨の中電車で向かった。厚生年金会館大ホールなんて見たこともなかった少年には、こんな大きな場所があって、こんな劇をやっているなんてもうびっくりでした。」これは大阪でご覧になった方だと思います。「偽物やまがい物がいっぱいの時代に、本物に触れる機会なんて全くなかった。こんな大きな場所で大人が真剣に劇をやっているなんて、思ったのもつかの間、舞台からガンガンメッセージがやってくる。声を出せとか、歌えとか。夢中になって泣いたり笑ったり。これが感動なんだって噛みしめた記憶があります。69歳になった今でも感動は覚えているし、いろんなフレーズも記憶に刻まれています。小学校の低学年にあのような芸術作品を、半ば強制的?に観覧させるのは、本当にその後の人生にとって財産になるんです。あの機会がなかったら、人が人を感動させるということを理解できなかったかもしれません。いつまでもいつまでも記憶に刻まれる感動。本当にありがとう。頑張ってください。」
これを読んで、私自身、我々の事業の意義をあらためて深く感じたところであります。同時にこの事業を担うことへの誇りと畏れを感じました。誇りと言いますのは、子どもたち、未来の大人たちの心を豊かに育てるという、育む ということの誇り。そして同時に、たった一度の舞台が、人一人の心をここまで揺さぶってしまうかもしれないということへの畏れを感じました。
だからこそ、これまでと同じように、妥協することなく本物の舞台を引き続き送り届けていきたいと思っております。その決意を新たにいたしました。今回このような立派な賞をいただきまして、このことを励みとして、引き続き子どもたちに本物の舞台を届けてまいりたいと思っております。どうぞ引き続きのご指導ご支援をよろしくお願い申し上げます。
選考評
委員長 萩原なつ子 氏
メセナ大賞・優秀賞を受賞された企業・団体の皆さま、本当におめでとうございます。
今回は、非常に古い歴史のある活動から比較的新しい活動まで、また、色々なジャンルの企業メセナを選ぶことができたという風に思っております。特に、ニッセイ文化振興財団の活動は、選考委員の中でも行ったことがある方がいらっしゃいました。子どもの頃に行って、そして今その時の想いを覚えているということですので、子どもたち、若い人たちを支援していくということは、非常に未来に可能性のあるメセナ活動だと思います。また、今回の受賞活動は国内だけではなくグローバルにも広がっており、企業メセナの活動の広がりと深まりがあったと思います。そして、受賞された方々から「驚いています」や「喜んでいます」といった言葉をいただいたことを、大変嬉しく思っております。
私は今回が最後の選考になりますが、最初に委員になった時に思ったことを思い出しました。それは、企業のメセナ活動は地域を活性化したり、皆に笑顔を届けたり心に潤い与える、まさに「ギフトワーク」であるということ。いわば社会貢献活動であり、ギフトワークなのだということを改めて思いました。
これからも地域を潤し、皆の心に本当に幸せを与える、そういった企業メセナが展開していくことを祈りまして、私のお祝いの言葉とさせていただきます。受賞した皆さま、本当におめでとうございます。
はぎわら・なつこ|(独)国立女性教育会館理事長/(認特)日本NPOセンター理事
お茶の水女子大学大学院修了。博士(学術)。(財)トヨタ財団アソシエイト・プログラム・オフィサー、宮城県環境生活部次長、武蔵工業大学助教授、立教大学教授を経て、現職。立教大学名誉教授。専門は環境社会学、非営利活動論。著書・編著に『市民力による知の創造と発展』『としまF1会議ー消滅可能性都市270日の挑戦』など。
新井鷗子 氏
受賞企業・団体の皆さま、本日は誠におめでとうございます。皆さまのプレゼンテーションを聞きながら大変深い感銘を受けまして、すばらしい活動を選考できたと自負しております。
今回の選考会は、まず「メセナ」というものについて再考するところから始まりました。1990年代にメセナという言葉が広まり、企業が我先にとメセナ活動に走った時代から約30年以上が経ち、ややこの言葉も古めかしい印象の否めないものとなってまいりました。しかしながら、今回の受賞者の皆さまの活動をご覧になってもわかるように、メセナ活動の内容は深く進化しています。例えば、より地域に密着した芸術活動の支援や、若手アーティストの支援だけではなく、そのアーティストたちのコミュニティをつくるところまで活動の幅を広げているとか、文化財の調査研究に携わった方々のインタビューをアーカイブする活動など、メセナのあり方そのものが大きく変わっていることを感じています。
今回の受賞団体のメセナ活動から支援を受けているアーティストたちと接する機会があるのですが、その支援を受けたアーティスト当事者の満足度が非常に高いのですね。どの企業のどういう方からどのような支援を受けたということを、アーティストがしっかりと自覚していて、支援する側と支援される側とのコミュニケーションが成り立っていることがとても大きな成果だと思いました。いわば「顔が見えるメセナ」とでもいいましょうか、メセナ活動そのものが文化芸術活動につながっているようです。
メセナアワードを通じて、ますます企業・団体のメセナ活動が進化していくことを願っております。皆さま、本日は本当におめでとうございました。
あらい・おーこ|横浜みなとみらいホール館長/東京藝術大学客員教授
東京藝術大学楽理科および作曲科卒業。NHK教育番組の構成で国際エミー賞入選。「題名のない音楽会」等の番組構成を数多く担当。東京藝大で「障がいとアーツ」の研究を推進し、1本指で弾けるインクルーシブな楽器「だれでもピアノ®︎」の開発に携わった。著書に「おはなしクラシック」、「音楽家ものがたり」等。
佐倉 統 氏
このたびは「メセナアワード」大賞・優秀賞のご受賞、誠におめでとうございます。今各企業・団体の方から活動内容をご紹介いただき、やはりかかわっている方の生の声でご説明いただくのは、書類やウェブで見るのと違って迫力があるというか、温かみがあってとてもよいものだと思い、腹に落ちる感じでうかがっておりました。素敵なご説明をありがとうございました。
少々このような場では不適切な話題かもしれずお許しいただきたいのですが、先日兵庫県の知事選挙があり、結果が出て多くの人間がびっくりしたわけです。私は科学技術と社会の関係を研究しているため、マスメディアの人たちとの付き合いがありますが、某テレビ局の審議会では、「既存メディアがSNSに負けた」「若者の考えが分からない」とか、世の中終わったような雰囲気で皆話していました。しかし、いやそれは違うだろう、そう単純なものではないだろうと私は思っています。もう少し深いレベルで、社会のあり方が混乱していることが原因にあるのではないか。今、日本に限らずアメリカやヨーロッパなど世界中で、「公:パブリック」の空間のあり方が混乱しています。公の反対側に、「私:プライベート」の空間があるわけですが、この2つの関係がぐちゃぐちゃになってしまって、「公」がどのようにあるべきなのか、どういう風になったらよいのかが混乱している。その結果、国とは何か、社会は何なのかが、非常に見えない時代になってしまった。そういった状況が、この知事選の結果に反映されているのだと思います。
そうした中にあって、「メセナ」というのは、プライベートカンパニー(私企業)が公的な活動をする、あるいは信用組合や財団といった、私企業でも公的なものでもない中間型のような団体が活動する、まさにパブリックとプライベートの中間部分の活動なのだということを、改めて思いました。ここが、これから大事なのではないかと思うのです。公だけでも私だけでもなく、いかにこの中間部分の空間、社会、そしてそこでの人と人のコミュニケーション、やりとりをつくっていくか。ここがしっかりしていれば、国や社会も大丈夫なのだろうと思います。しかしその中間部分が弱くなってしまうと、分断や格差が、ますます大きくなってしまう。日本にも分断や格差もありますが、まだ世界の他の国々に比べると、そこまで大きくはなっていない、つまり、まだ今なら間に合う、大丈夫なのではないかと思います。
そういう意味で、この「公」「私」の中間の活動を担っていらっしゃる皆さまに敬意を表すると同時に、これからの日本社会の核心部分になっていると思っておりますので、ますますのご活躍を期待しています。本日はおめでとうございました。
さくら・おさむ|東京大学大学院情報学環 教授/理化学研究所 革新知能統合研究センターチームリーダー
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。東京大学大学院情報学環教授。いろいろな科学技術と社会の関係が研究テーマ。おもな対象はロボット・AI、脳神経科学、進化論など。主著『科学とはなにか』『現代思想としての環境問題』『進化論の挑戦』『進化論という考えかた』『科学の横道』。
仲町啓子 氏
受賞された皆さま、誠におめでとうございます。私は何年かこの選考活動に携わってまいりました。その過程で、楽しいことと辛いこと、大きく分けて2つあります。楽しいことというのは、その活動に触れることです。今日も直に活動内容をお聞きして、ますます感動しました。色々な活動に触れ、その中には私たちが気づかなかったこと、知らなかったことが随分あって、そこから感動をもらいます。そして勇気をもらいます。人間の優しさや想像力、そうした私の気づかなかったさまざまなものへの気づきの場でもあります。選考活動の一番の楽しさはそこです。その裏腹にある苦しさは、そうした楽しさの中から優劣を決めなければならない、点数をつけなければならないということです。財団規模の大きな活動から小さな活動まで色々あって、それを点数化することは辛さでもあります。
今年は大都市だけではなく、地方の活動も受賞されました。私自身は大分県に生まれましたので、大分県信用組合の受賞は非常に嬉しく思っています。今回受賞された皆さんは本当に満点といっていい、非の打ち所のないものばかりですが、個人的には今回受賞されなかったものにも高得点をつけたものがありました。そうした中で選ばなければいけないことが 1つの辛さです。辛さでもあり楽しさでもありますが、辛さの中の辛さというのは、活動の内容を熟知することであり、大変な努力が必要です。
メセナ活動の選考に携わって、皆さんの活動の豊かさ、想像力、それから人間や植物・動物に対しての優しい眼差し、そして色々なグローバルな問題に対する優しさに触れることができます。それによって私自身に還ってくるものを大切にしています。そういう意味で、選考に携わることができて非常に嬉しく思っている次第です。本日はどうもおめでとうございました。
なかまち・けいこ|実践女子大学名誉教授/秋田県立近代美術館特任館長
東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位修得退学。専門は日本美術史、特に琳派を初めとした江戸時代の絵画・工芸の研究。また江戸時代の女性画家作品の発掘・調査にも努めてきた。主著に『光琳論』(中央公論美術出版社、2021年度國華賞及び徳川賞受賞)。近年は地方の芸術文化振興の問題にも強い関心を抱いている。
松尾卓哉 氏
受賞された企業・団体の皆さま、本日は誠におめでとうございます。
先日ボストンに行きまして、自分が選考に携わったボストン美術館の中では、どのように日本の文化や芸術が展示されているのか、実際に見に行きました。ボストンでは、街を挙げてレンガの建物を大事にしていて、 至る所に「ボストン」らしい文化や雰囲気があるのです。美術館では、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの 展示物を見て、中国、韓国の次に、日本のエリアへ行った時、物凄く「日本」を感じられたのです。日本にしかできないもの、日本の美しさというものが、他の展示物の中で異彩を放ち、オーラが出ていました。「日本的な何か」と「その良さ」をとても実感したのです。そして東京へ帰ってきたら、日本が無いのです。やはり芸術を大事にしなければならないと思いました。ボストンの街でボストンらしさを見て、日本の日常では見られなくなった日本らしさを見た時に、”Local is Global”なのではないかと思いました。長らくグローバルというものをひたすら追いかけてきたことによって、果たして今日本人が幸せになっているのか、全世界の人が幸せになっているのかというと、そんな風には思えないのです。
今回委員となって、多くの企業がこんなにもたくさん芸術に投資して、エネルギーを使われていることを初めて知り、とても驚きました。私は30年間で1,000本以上のテレビコマーシャルをつくってきましたが、最近の企業は芸術などに全く興味がないのではないかと思っていました。数字や調査を重視して画一化された表現が多い中、何とか面白いものをつくりたいと戦いながらも、私は少し絶望していました。今回、企業・団体の皆さまが芸術を支援されているのを見てとても嬉しく、感動しました。ぜひそれを日頃の広告活動にも活かしていただきたいと思います。
以前、広告は「商業芸術」と呼ばれていました。商業的な手段でありながらもどこかに芸術的要素があって、見てくれる人たちに楽しい気持ちだったり、驚きや美しいものをお届けするというような、届ける企業側に気概がありました。しかし今は商業芸術から芸術が落ちて、商業だけのコマーシャルがたくさん流れています。企業の皆さま、そして本日参加されている皆さま、ぜひもう一度、芸術というものの価値や大事さを生活の中に取り入れてください。子どもたちが日頃からそれらに触れて、目を養い、感性が豊かになれば、人間としての成長につながり、彼らは将来、美しい街をつくると思うのです。
今後ともメセナアワードがより価値のある賞となるように、来年も襟を正して選考に臨みたいと思います。どうもありがとうございました。
まつお・たくや|(株)17 クリエイティブディレクター/CMプランナー/コピーライター
チョコザップ、東急リバブル、Yogibo、線虫N-NOSEなど、「目立って、おもしろくて、モノが売れる広告」をつくるクリエイティブ集団「17(ジュウナナ)」代表。日本ネーミング協会理事、Forbes JAPANオフィシャルコラムニスト、 慶應義塾大学 特別招聘教授など。
山口 周 氏
今回の選考過程、そして今日改めて皆さまの発表を聞いて感じたのが、「企業の品格」という問題です。今ビジネスは世の中で大変悪者になっていて、色々と欲深く稼ごうとするので、分断が生まれたり、環境を汚染しているといわれています。いやそうじゃないと、やはり光輝く企業もあるということですね。企業の品格について考えると、最終的には文明の品格ということに繋がってくると思います。シュティフターという文学者の言葉ですが、彼は「没落する民族が最初に失っていくものは品格である」といっています。
昨今の日本は、私たち自身が失われた20年、失われた30年といい続けていて、確かに2000年まで世界2位だった1人当たりGDPは今年38位まで落ちています。IMFの定義では、新興国と先進国の境目は40位とありますから、おそらく来年日本は先進国というカテゴリーから落ちるわけです。それを以て没落している、衰退しているといわれるわけですが、改めて今日感じたのは、本当にそうなのか?ということです。むしろ経済という物差しだけで、進んでいる・遅れていると考えること自体が、ある種の野蛮さの表れなのではないかと思うのです。そうした社会においても、このような活動をずっと続けているということ、ある種の品格というものを、もう一度考え直さなければいけないと思うのです。
私は仕事柄、海外の会議にも出ることが多いのですが、ダボス会議で4年前に議論されていたのはまさにそこだったのです。つまり、経済成長はいずれ止まる、そうなった時に文明や文化はどうなるんだという話で、実はほとんど経済成長していないのに、非常に安全で快適で文化的な生活を享受している国があるじゃないかといわれました。それは日本です。今アメリカ、ヨーロッパでも経済成長の終わった先にどういう風に健全な国がつくれるかということが色々と議論になっていて、しばしばそのモデルケースになるのが日本だといわれています。ですから、私たちはある種の品格というものを確実に持っている文明だと思うのですが、ともすれば自分たちで捨てようとしている側面もあると感じます。
受賞された企業・団体の皆さまの発表を聞いて、この「品格」というものは日本が絶対に失ってはいけないことだと思います。非常に厳しい経済環境の中で競争している企業、あるいはその関係団体の皆さまが、こういった形である種のプライドを持って活動をずっと続けていらっしゃる、これは生半可なことではないと思います。企業の品格というものを改めて考えさせられる本当に素晴らしい機会となりました。受賞された企業・財団の皆さま、本当におめでとうございます。ありがとうございました。
やまぐち・しゅう|独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年東京生まれ。慶大文学部、同大学院修了。電通、BCG等で戦略策定、文化政策立案に従事した後に独立。株式会社ライプニッツ代表。ダボス会議メンバー。著書に『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』など。
トロフィー紹介
作家 花山ちひろ 氏
このたびは、受賞された企業・団体の皆さま、誠におめでとうございます。心からお祝い申し上げます。
トロフィーにつきまして、私は微生物をモチーフに作品を制作しています。細菌、微生物は私たちに、大きな影響をおよぼしています。近年、新型コロナウイルス感染症に脅かされ、世界は大混乱にありました。人間は、徐々にそれに対応すべくワクチンをつくり、生活をあらため、対策を練っていきました。現在も昔もそれの繰り返しであり日々、共生していく方法を見出さなければなりません。そのような閉鎖された期間を経て、芸術は、人々の生活に楽しみや癒しを与え、生活するうえで欠けてはならないものと考えます。
メセナ活動は人と人、人とモノとの芸術文化の発展と可能性を多く秘めていると考えます。
今後のメセナ活動がよりよい発展となりますよう日々変化していく細菌をモチーフに「派生」をテーマに制作しました。
受賞された方々のますますのご健勝とご活躍を心より祈念いたします。このような機会をいただき、ありがとうございました。
はなやま・ちひろ
1993年愛媛県生まれ。2018年神戸芸術工科大学大学院芸術工学研究科総合アートデザイン専攻修了。
ミクロの世界をモチーフに、細菌や微生物の透明度や規則性を表現している。人々に自身が提案する「自然界の存在する価値」をテーマに制作を行っている。
2016 年第29回日本ジュエリー展Under26 部門賞受賞。JJA 日本ジュエリーデザインアワード2017 新人大賞/JJF 賞受賞。SICF20 アストリッド・クライン賞受賞。その他受賞、入選多数。