新たな風が大きな力に。再発見されるメセナ活動。
ミニ・メセナフォーラム
「2014年度メセナ・アソシエイト事例研究報告会」レポート
6月25日 企業メセナ協議会ライブラリースペース
大野はな恵[メセナライター]
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去る6月25日、メセナ・アソシエイトによる初の事例研究報告会が開催された。メセナ・アソシエイトは、外部研究員が自らの専門性を踏まえて一年間にわたって企業メセナ活動を調査研究する、2014年度から始まった新たな試みである。「メセナの外側から新たな視点を持ち込もう」とする挑戦だ。第一期アソシエイトは全4名。米国在中の西畠綾氏を除く3名が報告を行った。
会場はほぼ満員。リラックスした雰囲気のなか、それぞれ異なるフィールドで活躍する彼らの成果が披露された。ここでは紙面の制約から特に印象に残ったことを紹介する。リーマンショック以降の米国における民間文化支援状況についてまとめた西畠氏の成果も含め4名のレポートは、Web上で公開されている。興味のある方はぜひご覧いただきたい。
「これまでのメセナ活動において『アートの質』が表だって議論されることはそれほど多くなかった」。音楽批評家として活躍する澤谷夏樹氏の問題意識はそこにある。「実家が家具屋だったため、来客の誰もが目にする玄関先の下駄箱に張り込むのが嗜みだと、父や祖父から教えられてきた」とユーモアたっぷりに語る澤谷氏が対象としたのは、ロビーコンサート。
家の顔ともいうべき玄関、会社でいえばロビーで行われる演奏は、玄関の下駄箱と同じ役割を担っている。つまりその企業の個性が色濃く反映され、上質なものが求められるとの考えには納得させられた。
ところが、研究を進めていくなかで、「質について具体的には考えたことがなかった」という企業のメセナ担当者の言葉を耳にした澤谷氏は、この言葉の裏側に潜むものへと迫っていく。演奏の質を担保しようと思えば、「事後評価」が常套的手段だろう。また、評論家などの専門家の助けも有益である。
彼は、これらに加えて、はっきりとした仕組みではないが公演の評価に相当するものを見抜いた。出演依頼、メセナ担当者が肌感覚として感じる場の雰囲気や来場者数、投げ銭などの一つひとつが、実は「質」を測る重要な指標として機能している。
例えば、ホテルオークラ東京の「ロビーコンサート25」は好例だ。ここで印象深い演奏をした音楽家はウェディング・イベントやディナーショーといった別の催事への出演依頼を受けることもある。ホテルならではの「事後評価」だろう。また、福岡文化財団プロムナードコンサートの事例にはハッとさせられた。このコンサートには30年前から同じ弦楽四重奏団が出演しているが、企業側の担当者は何も口を挟まない。出演者を演奏に専念させることこそが、「質」を確保する最良の方法だというのだ。アーティストと担当者の間の強固な信頼関係と阿吽の呼吸がもたらす質保証もある。
こうした事例から、メセナ担当者が「アートの質」に無関心なのではなく、それが潜在的であることがうかがえる。
続いて、宮本典子氏。研究発表には「アートは専門家のものではなく、皆のもの」、「美術館での鑑賞は、視覚に限定されない総合的な体験である」という熱い思いが溢れていた。
美術体験の機会や来場者を増やす多彩な方法の例として大塚グループ、帆風、DICが紹介され、次に美術体験を深めるための方策が紹介された。その中で、「アナログ」と「デジタル」という切り口が印象的だった。子どもたちが、ある作品を自由に語り合いながら理解していく対話型美術鑑賞は前者の好例だ(東郷児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)。コミュニケーション能力の重要性が盛んに指摘されている昨今、美術館の企画は子どもたちを育む場ともなっている。
一方、「デジタル」な試みとして紹介されたのはルーヴル美術館と大日本印刷によるマルチメディアを用いたインタラクティブな鑑賞システム。タッチパネルやタブレット端末といったツールが鑑賞の一翼を担うこの事例には、無限の可能性が感じられた。
彼女が取り上げた事例には、ほかの活動も含め、民間企業ならではの柔軟性を反映した工夫が随所に見られた。「同じ手法を用いた美術館同士が交流する場を設けては」との彼女の提案は、一歩先を予感させるものである。幅広い来場者を獲得し、作品の本質をいかに届けるのか。「広さ」と「深さ」という二つのベクトルを踏まえた試みは、美術館のノウハウとして蓄積されるべきだろう。
最後に登壇したのはコンサルタントとしても活躍する宮本祐輔氏。経済状況に左右されず、企業メセナ活動を促進していくことは容易ではない。しかしメセナが、企業活動として有効だと認知され、その効果が実証されれば、状況は変わるのではないだろうか。宮本氏は斬新なアイデアを示した。
メセナ活動は、期せずして、経営に影響を与えることがある。例えば、電通の「広告小学校」はメディアに取り上げられたことで企業認知が向上し、「社会のためのコミュニケーションを行う企業」というイメージを持ってもらうことに寄与したと考えられる。
また、キヤノンの「綴プロジェクト」では撮影上の課題を社内で共有することによって製品の開発にいかされた例もあり、多くの人間が参画することでグループ会社の一体感をつくりだすことにもつながった。
意外だったのは、小田原鈴廣社の「かまぼこ板絵 国際コンクール小さな美術展」。新人社員が展示会や表彰式を任され、組織の一員として役割を果たすことを学び、効率的・効果的な展示方法を考える。メセナが人材育成の一環となっている事例だ。
一口に「経営効果」といっても、その実態は実に多様である。宮本氏は、メセナ活動がさらに広がっていくためには、経営効果を定量化していくことが今後の課題となるという。キーパーソンとなる企業の上層部の心を動かすためには、客観性のある試算に基づく効果の数値化が必要であることは間違いない。こうした資料の積み重ねは、メセナの輪をさらに広げていくための有益なツールとなるのではないだろうか。
今回の研究はいずれも、従来とは異なる角度からメセナ活動を捉えたものであり、メセナの奥深さを改めて実感した。彼らの巧みな語り口と探求心に魅せられ、時間を忘れて発表を聞いたのは私だけではないだろう。会場の雰囲気は真剣そのものであった。
研究員にとっても、この一年間は実り多きものだった。発表の端々で耳にしたのは、専門性の異なる人間が意見交換することで起こった予想外の化学反応である。質やコミュニケーション、経営効果といったキーワードは、私たちが生きる時代を如実に映し出したもので、メセナの将来を考えるうえでも欠かすことはできないだろう。
メセナ活動そのものだけでなく、調査研究の成果を深め、育んでいくことは、メセナ活動の客観的な評価であると同時に、次の一手を打つためのヒントを私たちに教えてくれる。単に芸術を支援するという立ち位置から、企業メセナ活動の役割は変容しつつあると感じた。来年の報告会ではどんなキーワードに出遭えるのだろうか。期待を胸に帰途についた。
外部研究員「メセナ・アソシエイト」との事例研究はこちらからお読みいただけます。
(2015年8月6日)